終
終
奏美は父が大好きで、大好きで、大好きだった。
小さい頃から、母に対する異常なまでの嫌悪を持っていたが、
そんな父が離れてしまった。
彼女にとっては辛辣なものだということ以外、何物でもなかったろう。
電子レンジの中の電話機が、着信音を流しながら温められ、
レンジの音なのか電話機の音なのかわからないが、嫌な音を立てている。
「奏美。・・・ごめんな、よし」
抱きしめて、頭を撫でる。
・・・体に触れるだけで、痛がりそうなものだが、
奏美は何も言わず、俺に対して無表情な目を向けているだけだった。
「お兄ちゃん。なにしてるの。こんなところで」
「・・・いやぁ、会いたくなってな。元気してるかなって」
「・・・お父さん。いなくなっちゃったね」
「・・・」
何も返せない。
異常な光景の中、その言葉だけ現実味がある。
「・・・あぁ、そうだな。いなくなっちゃったな」
ただそう、それだけを返した。
奏美の中で何かが崩れたのは、決定的だった。
その日は一日、ずっといるつもりだったが仕事で離れた。
休めばいいだろうって?
・・・奏美は極度に嫌がった。何かを隠すみたいに。
思えば、死のうとしてたんだな、と今更である。
急に電話がかかってきて、
「奏兄ちゃん・・・」
「・・・どうした?」
今までと違う、感情の、本物の奏美が、そこにいるような気がした。
「・・・・・・」
無言。そして切れる。
虫の知らせ、というのか、呼ばれている気がした。
そして、マンションへ行くとちょうど奏美が屋上へ行くところ。
「あ、え、ぇ・・・」
「どうした。気になったから来たぞ」
「おぉ、しごと・・・お仕事は・・・?」
「あぁ、んなの早退だ早退」
「・・・」
目を伏せた奏美は、どこか遠い人になった気がして胸が苦しくなった。
「なぁ」
話を切り出した途端、妹は屋上への階段を勢いよく駆け上る。
「おい!おま、待ち!」
屋上の扉を開くと、胸がどっどっどっどっどっど、と急いた。
立ち止まって振り返る彼女は、すでに暗い夕闇でも明るく見えた。
ワンピースがふわりと揺れた。
「ねぇ、お兄ちゃん。私さ」
死にたい。
「……あぁ、、、そうか」
返答のチョイス間違えたな。
そもそもどう返してあげたらいいか。
「奏美。死んで、それでお前は満足か?」
「……」
満面の笑みが揺らぎないそれを示しているようだった。
「なぁ、じゃないと、だめなのか…?」
「お兄ちゃん。変えられないものって、きっといっぱいあるんだよ」
「何言って・・・」
「さ、部屋もどろ?そろそろ寒くなるよ」
両腕をさすって、寒そうにしている。
「……あぁ、そうだな」
奏美。
ん?
死ぬなよ。
え。
お兄ちゃん、寂しいぜ。ひとりぼっちなんてよ。
お兄ちゃん、もとからボッチ。
るっせ。ほら、もどるぞ。
………。
大家は連絡をしても出ないことを不審に思い、
部屋を見に行くと、テレビがつけっぱなしで誰もいない。
「あらやだ。もう。まったく。また家賃もらえないわ」
そんな独り言をつぶやいて、彼女は部屋の鍵を閉めなおす。
「買い出しついでにいきましょう」
鼻歌交じりにエレベーターを降り、玄関から出ると赤い液がまき散らされているようだ。
なにかしら、誰かペンキでもこぼして逃げたのかしら。。。?と
大家は覗きに出る。
「な・・・」
無残にも血と肉の塊でしかない女性。
その隣、向かい合うように、男性が同じ肉塊となっていた。
このたびは『私』を最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
更新を何度も遅らせてしまいましたが、
このような形で完結をさせることができてうれしく思います。
少なからずも、評価してくださった方、
ほんの少しでも読んでいただいた方、読了してくださった方へ、
改めて感謝申し上げます。
未熟者の作品ですがこれからもよろしくお願いいたしましょう。
また、いつかの別作品でお会いできる日まで。




