3 彼女の記憶、彼女の帰国
SCENE5 N県M郡M村立診療所 5月20日 午前7時
う… ん、と目一杯伸びをする。まだ朝の空気は、初夏の乾いた暑さにまで至らず、さわやかな風が彼女の頬を撫でる。そろそろ庭に無造作に生えている草にも露がかかることも多かった。
とは言え、起きたばかり、という訳ではない。むしろ、逆で、これから家に帰って休もうというところだった。仕事とは言え、夜勤はなかなか辛いものがある。
でもね。
くすっと彼女は笑う。
あの頃の方がもっとハードな生活をしていたのに。
ぶるん、とその考えを頭から追い出す。今、考えるべきことではない。でもそれはいつなんだろう。
「日坂先生ーっ、お客様ですーっ」
看護婦が呼んでいる。誰だぁ?こんな朝っぱらから。非常識な…
「誰なの?」
「東京からのお客さんですよ」
彼女は一瞬眉をしかめる。東京から。親戚は東京にはいない。いや、何処にもいない。学生の頃の友達は彼女の消息を知らない。教えてもいない。では。
彼女は肩くらいの長さのさらさらした髪を一瞬かきあげると、自分を呼んでいる方へ向かった。
*
病院勤めとは、さすがに予想も出来なかった。それも看護婦でなく、「先生」。あの彼女の名と同じ発音でその「先生」は呼ばれる。当時HISAKAとMAVOに最も近い存在だった、通称「マリコさん」。
調べたところによると、彼女の本名は、日坂万里子というらしい。 と、すると、HISAKAのアレって、名字だったのか…
朝、患者として訪ねる恰好ではない、むしろ朝帰りのOLのような恰好をした彼女はぱらぱらとメモを繰りながら思う。
彼女は通称「マナミ」。「AHEAD」のスタッフの一員で、PH7とも長い付き合いのある女だ。本名は赤坂菜緒子とかいう。どうして「マナミ」なのかは、本人さえよく判っていない。カザイ君同様、あのPH7のリーダーが、勝手につけた呼び名であり、それがそのまま、業界での彼女の名として定着している。
マナミは、「マリコさん」とはさほど面識はない。マリコさんはHISAKAとMAVOの家にいることが多かったし、マナミは現在同様、外を走り回っていることが多かったからだ。
がらがら、と引き戸が開いた。白衣を来て、銀縁の眼鏡を掛けている「マリコさん」はかつてとは別人に見える。
「あ、朝早く申し訳ございません」
「いえ、夜勤明けで、これから帰ろうと思っていた訳ですから。そちらこそ、何故、こんな時間に」
「当初、そちらのお宅に出向いたら、留守で… 大家さんに訊ねたら、夜勤だろうから、と」
「それでわざわざこんな時間に… まあ、すみません」
マリコさんはぺこりと頭を下げる。
「…いえ、顔を上げて下さい…たぶん、今からする話を聞けば、私に気をつかってもいられなくなるのではないかと」
「何かあったんですか」
「はい」
マナミはそう答えるしかない。事務所でカザイ君からこの件について聞いたのは、一週間と少し前だった。そして、かなり苦労した。何しろ、この理系に頭のいい女性は、手がかりを一つしか残さなかったのだ。
それも、当たり前すぎて、嫌になるくらいの… 住民票だった。律儀にも、自分の転居先だけは明かにしていったのだが、そこに気付くのが少々手間取った、というところか。もちろん、それを見ることができるのは、特定の職業の者に限られるのだが、それでも、不可能ではないのである。
「…単刀直入に言います。MAVOさんが、あなたを探してほしいと、石川キョーコさんから、うちのカザイに伝えられました」
「…あのひとが…」
「東京にいらしていただけませんか?」
「はい」
あっさりとマリコさんは答える。その調子に、マナミは拍子抜けするくらいだった。
「…あ、あの、いいんですね」
「もちろん。私は、待っていたんですから」
「待っていた」
「こちらにはしばらく休暇届を出しましょう。そろそろじゃないか、とは思ってはいたんですよ」
にっこりと、銀縁めがねを外し、マリコさんは花が開くように笑った。ああそうだ。マナミはふと思い出す。そう言えば、こんなふうに笑うひとだった。
「それから… 少しかかりますから、その間に少し、お願いしたいことがあるのですが」
「はい」
マリコさんは近くのメモに幾人かの名前と職業、そして住所と電話番号を何も見ずに書き込んだ。
「この方々に連絡を取っては頂けません? 私が、用があると」
「急いだ方がいいですか?」
「もちろん。MAVOちゃんが帰りたがっているのでしょう?」
「…それは判りませんが」
「でも、帰るつもりがあるなら、急いだ方がいいんです。ただ、あまり不自然な動きをしないでください。私もなるべく早く、東京へ向かいます。そのメモの方々には私が直接話を致しますから…」
流暢に敬語まじりの言葉がマナミの耳をここちよくすべる。思わず聞き入ってしまいそうだったが、そこは「AHEAD」の敏腕スタッフである。依頼されたことの内容はきちんと把握する。
「判りました。ではこちらの連絡先も…」
マナミは名刺を彼女に渡す。にっこりと笑って、マリコさんはそれを受け取った。
*
SCENE6 都内 V-PHONO所有スタジオ 5月25日 午後5時
「お電話ですよ」
スタッフの一人がわざわざ「お」を付けて彼を呼ぶ。相手が女の子だった場合にそのスタッフはそうする習慣があった。
ツガイタカヤ氏は、現在は自分のバンドよりも、プロデューサーとして新しいバンドやユニット、またはプロジェクトを手がけることが多い。この日もまた、彼は新しいプロジェクトのチームのレコーディング中だったわけである。
とはいえ、そのレコーディングは、殆ど彼の密室作業だった。コンピュータと、それに使われる莫大な量のデータ、そしてそれに適したスタッフもほんのわずか。その作業が終了した時点で、ようやく彼の手がけているチームはその「新曲」を耳にする。そして「振り付け」ではなく「ダンス」を考え、その中の「歌も歌える」ダンサーが最後に声を入れる。その中で、歌はさほどに価値を持たない。
彼は以前はそうではなかった。歌にかなりの重点を置いて、その中で伝えたいことを伝える、ある意味では「ポップス」よりも、「ロック」的手段を駆使していた。
だが、ある時点から彼は変わった。彼の持ち駒に、「あの声」はいない。
「…はい」
多少疲れが出ているな、と彼は自分の声にそう感じる。相手は少し黙っていたが、やがて、はっきりと、
『ツガイさん』
彼の名を呼んだ。
「…!」
『私の声を覚えてますか?』
「…当たり前だ… 君、今、いったい、何処にいるの」
『国際電話は高いんですよ… でも、もうじき、帰ります。ツガイさんに、頼みたいことが、あるんです』
彼は受話器を固く握りしめていた。一瞬でも、聞き逃してはいけない。
「何」
『これを、譜面に落としてください』
「え」
『彼女の』
時間がないんです。そう言って、相手は、国際電話の遠い声で、でもよく通る声で、あるメロディを歌い始めた。彼は耳を澄ませた。聞き逃してはいけない。たとえ0.1秒でも。
…
ひどく、短い時間に、思えた。だが、時間はかなりたっていたらしい。彼女がその長い長いメロディを歌い終わった時には、受話器を握る手と、押さえつけていた耳が痛いくらいだった。
『すみません。でも』
「大丈夫だよ、覚えた。もしも違うようだったら、後で君が修正して… で、それだけかい? MAVOちゃん」
彼は、相手の名を呼んだ。
『…彼女のデータを集めて欲しいんです。音のデータ。あなたなら、集められる筈』
「OK。ついでにもう一つ君の欲しいものを言ってあげよう。彼女の映像のデータだね」
『…判りましたか?』
「哀しいけどね」
彼は目を伏せる。やはり、そうだったのか。
「…ねえ、君は僕のこと好きではなかったろうけれど、僕は彼女のこと、とても好きだったんだ」
『奥さんは元気ですか?』
「相変わらずだね。もちろん、あれも、愛しているよ。だけど、あの彼女が僕を愛してはいなかったことなど、誰にだって判ったことだろう?彼女は」
相手は数秒、押し黙る。
「彼女は、誰よりも」
『その話はあたしが帰ってからにしてください…』
押し絞ったような声が彼の耳に届いた。そして、電話は、切れた。結構な時間が経っていて、向こう側でスタッフがまだかまだかと待っている。
可哀そうだ。彼は電話の向こう側の相手のことを思った。彼女は、結局気付けなかったんだ。あのゆらゆらと流れる茶色の髪のひとが目に浮かぶ。
ごめんなさい。
そう言っていた、秋。
あなたのことはとても好きだけど、愛してはいない。でもとても信頼している。
そういう意味のことを言われた記憶。
電話の向こう側のMAVOが歌うメロディでその彼女の姿が思い起こされてしまった。これでまた、しばらくは切ない。
*
SCENE7 空港 5月30日 午前11時
「…あれで帰ってくるんだ…」
空港のロビーの、周囲とは隔絶された一角に、確実に背景から浮く外見の女が何人かたむろしていた。
「それも鳴りもの付きでいいってんだから、あいつも変わったよね…」
「そーですか?」
「何P子さん、そう思わない?」
「いや、あれは、必要があれば、何でもやったでしょうに」
「必要があれば、するってことか? 好きじゃねぇことでも?」
「ワタシはあれが別に嫌いなことやってたとは思いませんけれどねぇ」
長い髪に無造作なソバージュをかけた彼女は、壁に掛かった時計を見る。少し離れた窓際では、真っ赤な髪の、大きすぎるくらいの目をした華奢な女が煙草をふかしている。
「あいつぁ煙草は嫌いだったじゃん」
「FAVの身体に悪い、と思ったから言ってただけじゃねーの?」
全体的にゆるいウェーヴのあたった、大柄でバランスのいいボディの彼女が言う。彼女が動くたびに、ベルトにつけたやや細目のチェーンがじゃらじゃらと音を立てる。
「…だけどさぁ、あいつ、本当に自分のこと、言わんかったからさぁ…」
FAVと呼ばれた赤い髪の彼女はしゅんとする。
「んだけどさ、別に言う必要なんてなかったじゃん」
「TEAR」
「あの頃はさ、音さえありゃ、良かったんだ。あたし達にしてみりゃ、あいつのあの、声」
「…Marvelous Voice」
「え?」
P子さんは不意にぼそっと言った。
「…あ、いや、これって、どういう意味でしたかね」
「びっくりする、とか、驚かされるくらいの、とか… そういう声って、ことじゃねえ? 何それ」
「FAVは聞いたことありませんでした?」
「ない」
FAVは腕組みをして首を振る。
「あたしもないねぇ」
「TEARもないですか…」
「一体なんなのよ、それ」
FAVは苛々した調子で訊ねる。
「HISAKAが言ってた、あれの名前の、本当の意味」
「名前って… MAVOの?」
「あれって、1920年代の芸術運動云々って言ってなかったっけ」
「言ってましたけど」
P子さんは、彼女にしては珍しく、迷ったような表情になる。
「でも、『びっくりするような声』ってほうが、あいつの声にハマりませんかね?」
それに関しては、FAVもTEARも同様だった。
「それじゃ何で、それをずっとHISAKAは言わなかったのよ」
「そんなことは判りませんねぇ…」
「だってP子さん聞いたんでしょ?」
「ワタシが聞いたのは、あいつがたまたまべろんべろんに酔ってる時だったんですよ。あの、ロスにでかけるちょいと前」
「…」
まだ覚えている。自分とタメはって、絶対に酒呑みでは負けない彼女が、あの時は、自分に完敗した。身体がついていかないのよ。悔しそうな声。あまりに悔しそうだったので、そのことは誰にも言っていない。もちろん自分のダンナにも。
「今日は、D・Bはおーち?」
「参観日ですからね。ありかの方に行ってもらってますよ」
「参観日ねえ… 懐かしい響き」
「ワタシにしてみりゃ、現実ですってば」
「幼稚園だっけ?」
「や、もう小学校ですわ。だってあれが生まれたのは、うちらのメジャー二枚目のレコーディング期間だったでしょうに」
「と、すると」
TEARは長い指をおりながら数える。
「一年生だね」
「だから、結構呼び出されることが多いんですけどね」
「いーじゃん、あんたの場合は、ダンナがよく出来た主夫だし」
「まーったく、助かってますよ」
TEARとFAVは顔を見合わせると、はあ、とため息をついた。
ばたん、とドアが開く。FAVのマネージャーのカザイ君だった。
「来ましたよ」
三人は表情を引き締めた。
帰ってくるのだ。あれが。
五年前、何の理由も見つからないまま失踪した、自分たちのもとヴォーカリスト。いなくなるまで、自分達があまりにも、失踪した二人のことを知らなかったことに気付かなかったくらいの。
「…何っていやいいんだぁ?」
FAVはサングラスを掛け直すと、相棒の袖を一瞬ぎゅっと握る。
「ねえ。あたしがあいつをいきなり罵倒しそうだったら、あんた塞いでよ」
「OK」
とは言ったものの、自分だってそうしないという保証は、TEARにだってなかった。P子さんだけが、何ごともなかったかのように、あっさりと、ドアの向こうへと向かいだしていた。
カザイ君は、早く、と複雑な表情をしながら二人をうながす。
すぐ、近くまで、あいつが、来ている。
FAVは大きく深呼吸をした。
*
ざわつく人混み。耳に入る声は全てと言っていい程、見事なくらいに日本語ばかり。今まで五年間住んでいたところとは大違いだ。英語とスペイン語と中国語がチャンポンになった区域。日本語は時々耳にするけれど、自分にはそう関係のないところで。
でも。
彼女は思う。
忘れては、いないのよ。
彼女がサングラスを掛けて、通路へとやってくると、さっそくとばかりに、スポーツ新聞の記者達がまとわりつく。TVのワイドショーのレポーターが絡まり付く。
「…MAVOさん今回の帰国の理由を聞かせてください…」
向けられるマイク。彼女の横で彼女をかばうようにしていたかつてのマネージャー、通称マナミがきっと彼らをにらむ。大柄で派手な外見の彼女の視線に一瞬周囲はひるむ。だが相手もプロである。その程度で簡単に引き下がるようじゃ生活ができない。
「また記者会見をします。その時にまとめて答えますから、ここでは止して下さい」
マナミはよく通る声で記者団に言い放つ。それではその会見はいつやるのか、今度はその質問が一斉に浴びせられる。と、MAVOはマイクを持つレポーターの中に、懐かしい顔を見つけた。かつて、いつもPH7を朝のワイドショーでも好意的に取り上げていた…
MAVOは彼の方を向くと、TVカメラが入り込んでいるのを確認した。そして彼女はゆっくりとサングラスを外した。
この人は、あたしが何のバンドで、どうしてここにいるのか、よく、知ってる。
レポーターや、オヤジ記者は、彼女達が何であったのか、知らずに来ている場合が殆どである。MAVOはとにかく正確に、状況を見てくれる者にしか、コトバを投げたくはなかった。だから、本当はここでも、何も言わずに通り抜けてしまうつもりだった。だが、彼らはそうさせてはくれないようだ。ならば。
中央TVのレポーター・中嶋修三は、その動きが、自分の方に向けられているのを感じた。彼はすぐさまカメラマンを自分の前に押しだした。彼女は、正確に撮られたがっている。
…本当の姿しか、撮られたくはないんです。
六年前、彼女達に初めて取材したときに、MAVOが言ったコトバが浮かび上がる。そして彼女はサングラスを取ろうとしている。あの頃決してマスコミに見せなかった「素顔」。
HISAKAの正体は、マスコミが必死で探った結果、ある程度は判った。だが、その中でも、事務所サイドの圧力だの、ソロでやっている元メンバー達の業界に対する影響力だので、実際に報道されたものはほんの少しである。だが、少しであれ何であれ、HISAKAについては、素顔も正体も判っている。だが。MAVOは。マスコミはMAVOについては、なに一つ判っていないのだ。
本名・出身・素顔・HISAKAとはどういう関係だったのか… 何一つ浮かんでこないのだ。途中まで調べることができても、ある所でいきなり、手がかりが切れる。
例えば、海外レコーディングの際に出国するためのパスポート、そこから探っても、「HISAKAの妹」としてそこには記されている。だが、調べた結果、HISAKAの妹は、行方不明であり… 彼女では、ない。
ではそこにいる彼女、MAVOはいったい誰なのか。これは業界の人間にとって、挑戦されたようなものだった。彼らはインディーズの頃からの彼女達の知り合いも回り尽くし、出来るだけ多くの知り合いから、彼女の情報を集めようとした。だが、見事なくらいにそれは無かった。素顔の写真一つ、無い。
「…だってさー、打ち上げでみんなで写真撮ろうってったって、メイク無しのMAVOさんの時、HISAKAさん、オレ達のカメラ取り上げちゃったもんなー」
そして業界人に手伝ってもらって、モンタージュ作成しようとしたこともあった。
だが、奇妙なくらい、皆、「憶えていない」と口を揃えたように言うのだ。それが彼女達のことを思ってわざわざ言っているのではなく、本当に憶えていないというのだから、彼らもお手上げである。よっぽど特徴のない顔だったのかな、と思ったりもする。メイク顔からコンピュータで合成したときには、いつの間にかデータが消されていた。何じゃこりゃ、とマスコミ業界人は思ったが、何らかのウィルスがその界隈に仕掛けてあるようだった。
…そして彼女達の失踪後、半年で彼らはお手上げとなった訳である。
だが、中嶋は、その合成されたMAVOの顔を、消される前に見たことが一度、ある。その時、明らかに、既視感があった。何処かで、見た、顔。
それはひどく良く見ているような気がする。確かに彼はこの顔とよく似た女を知っているような気がした。なのに、頭の中で、何かがつながらないのだ。良く知っているもの、だが、このジャンルとは全く縁もゆかりもないようなところで記憶しているものらしい。
それから、以前よりもっと、PH7の過去の曲を聴くようになった。その声に、彼は惚れていた。そして、その声が。
「六月十五日に、記者会見をします」
はっきりと、言った。以前よりも、ずっとはっきりと。
「そして、一つの発表をします」
上半分が黒で、下半分がプラチナブロンドに抜いた色の髪。「みだしなみ」メイク一つしていない、素顔。その目が、まっすぐに、自分のカメラマンの方を向いている。
中嶋は、この顔を知っている、と気付いた。そのとき、彼の頭の中で、その声とその顔を持つ、もう一人の女のことを思いだしたのだ。そしてその二つが、ようやくつながった。
―――横川首相!
あの、聴衆を魅了する声!なのに、あまりにも、つながらないものだったのだ。
「以上です」
その声は、それ以上の質問を彼らマスコミに、一切させない程の迫力を持っていた。MAVOはそのまま立ち尽くす彼らの間をすり抜けるようにして、彼女のかつての戦友の待っている所へと向かって行った。
「…おい」
中嶋は、半ば呆然としているカメラマンを突く。
「行くぞ」
これ以上ここに居たら、さっきのとんでもない考えを誰かにぶちまけてしまいそうだった。中嶋は自分がひどく汗をかいているのを今更のように気付いた。
*
「お久しぶり」
その声が、耳に届いた瞬間、FAVは我を忘れた。殴り掛かる? とんでもない。最初に彼女にとびかかって抱きしめたのは、FAVだったのだから。