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DOG RUN  作者: 鮫島あーろん
七・一七争乱篇
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革命スプラッシュ

6.革命スプラッシュ




夜半(ヨワ)の月が水平線の上を転がるように低く輝いていた。



小型貨物船『海陽丸』は月明りで照らされた真黒の水を、自動運転で静々と切り裂いて進んでいく。




「あと1時間とかかりませんぜ」




船長室で船長用のデスクにつく男――つまり船長であるその男は、モニターで進度を確かめつつそう呼びかけた。




「そろそろ着替えでもしたらどうですかね」




「お心遣い感謝致す」




船長の呼びかけに答えたもう一人の男、こちらは副船長でも船員でもなく、ましてや乗客などでもなかった。



いや、乗客といえば乗客なのだがこの船は旅客船ではなく貨物船なわけで。



そこに乗っている非関係者のこの男はつまるところ、密航者。




「この茶を煎じたら準備するとしよう」



会議用の長テーブルの上にはどこから持ち込んだか知れないカセットコンロ、グツグツ音をたてるヤカン。




船長は口を開きかけたがグッと飲み込む。



この珍妙な密航者に突っ込みたいことは山ほどあるのだが、無闇に質問するのはこういう仕事ではご法度だと、船長も心得ている。



こういう仕事。船長の仕事ではない。



密航の仲介。




それが船長の裏の稼業。



東京の日本教導院本部と東城・平和島・百景府の3学府を中心とした関東ヴィジョンポリス圏、通称「関東VP」の外。



教導院による想能力の支配、管理から外れた「アウターエリア」と今向かっている関東VPを非合法につなぐのが船長の秘密の仕事だ。



VPの出入りは厳重なセキュリティチェックが行われている。



そこを大金を積んで非合法な手段で出入りする者たちと言えば皆ワケアリな連中だ。



夜逃げから犯罪者、そして教導院の想能力探知を忌む反体制派。




すなわちキャッツ。



「船長殿、茶が沸いたで御座る。一杯いかがかな」



「お、おう、じゃあいただこうか」



それにしてもこの男はどういう手合いなのだろうか?



犯罪者にしては品があるというか、下卑たところが一切ない。



この稼業をしていて、顧客と話すことこそ少ないがその様子を観察していて、どうも今までにいなかったタイプだ。



まずなによりこの男の格好だ。



時代劇か何かと思うような着物と羽織、下駄履き。腰にはなんと刀が差してある



しゃべり方も侍風。目立つことこの上ない。見たところ新手のコスプレのようだ。



だが、この若い男の落ち着きよう、そして心に期するものがあることを感じさせる澄んだ瞳は本物の侍のようだった。



いや、船長は侍に会ったことはないが。




「ぬるくなっては折角の茶もうまくない」



男は湯呑みを傾け茶をごくり。


船長も言われるままに飲んでみると確かにうまい。苦みのあとに玉露の甘さが喉に残る。




「いやあごちそうさま。あんた茶が好きなのかい?」




「拙者は伊藤伊右衛門(イトウ イエモン)と申す。名で呼ぶがいい船長殿」



船長は危うく茶を吹き出しかけた。




名の奇妙さもともかく、こんな船に乗る客で今まで名を名乗るような者は無かった。




「偽名かい?」



「れっきときた本名で御座る。父母の付けたこの名を愚弄することは許さぬぞ」




「あ、いや、そいつはすまんかった」




男の声に怒気が混じる。慌てる船長。




「・・・そうじゃな、茶は物心ついた頃から好きじゃな。心安らぐ」




伊右衛門と名乗った若者は表情を和らげた。




「して船長、今どの辺かのう?」




「とっくに境界壁エッジエンドは過ぎたな。あと30分もすりゃ都心着だ」




「ふむ。着替えるとするか」




伊右衛門は風呂敷包みを広げると中からジーンズ、Tシャツとジャケットを取り出し着た。



どれも古くくたびれたものだが背が高いためかなかなか締まって見える。




「この時世に、世話になったな船長」




「いえいえ、こっちも商売なんでね、それなりの額貰えればこんな危険苦にしませんわ」




「船長」




伊右衛門の顔が曇る。



「妻子はいるか」




「まあ、妻と子が一人」




「悪いことは言わぬ、この稼業はこれっきりにしておくことだな」




伊右衛門が重々しく言う。その目は真剣そのものだ。




「どのような者が客やも知れぬ。もし何かあっても、その懐の物では到底太刀打ちできまい」




「ああ、そうかい」




船長の顔に冷や汗一筋。



用心のために忍ばせた拳銃を見破られている。




「そうだな、そうしとくよ」



「それが良い」




伊右衛門は微笑む。





「体をいとい、真面目に船長業に勤しむがいい。お前が死んで悲しむ者がいることを決して忘れてはならぬ」




不意に船長室のモニターから電子音。




「着いたのか?」



「いや、まだ早いはずだが」



船長がモニターを確認しようとしたその時、通信アナウンスがスピーカーから流れた。




『貨物船海陽丸。こちら特殊治安維持軍駆逐隊第3中隊イエローサブマリン。この船に密航仲介の疑いがかかっている。今監査船がそちらに向かっている。停船し、こちらの指示に従うように』




「は!?」



船長の顔から血の気が引いた。



慌てて船長室を飛び出し、甲板から海を見ると、港の方から海の警察イエローサブマリンの黄色いランプが近づいてきてるのが見えた。



「ばば、馬鹿なッ!この船の船員は俺だけのはず・・・どこから漏れた!?」



「心配致すな。これ以上船長殿に迷惑はかけぬ」



甲板に出てきた伊右衛門が海を睨む。




「ここまで来れば仔細無い。世話になった。手動運転に切り替え奴らの指示に従うがいい。



見れば、伊右衛門はまとめた荷物を背負っている。




「そんな・・・どうやって逃げるつもりだ!」



「船長殿、退がって下さらぬか」




船長が3歩ほど後ろに退がると、




「<水・迅・烈・破>!!」




伊右衛門が唱えた瞬間、水の波動が伊右衛門の足元を中心に、波紋状に流れ始めた。




覆水術ウォぺレート!?馬鹿、お前こんなところで想能力なんか使ったら——」



「心配御座らん」




伊右衛門はそう言うと海に飛び込んだ。




「拙者の術は、教導院の枷の埒外よ」




伊右衛門は波打つ海面の上にすっくと立っていた。




「さて」



伊右衛門が低く身構えると、伊右衛門から放たれる水の波動が激しさを増した。




「世直しの時だ。この腐った国を。必ず拙者が長い夜から目覚めさせてみせようぞ。さらばだ。伊藤伊右衛門、この名しかと覚えておくがよい」




伊右衛門が水面を蹴ると、ジェットスキーより速く、しかも音を立てずに、伊右衛門の姿は夜の闇に消えた。




「・・・何だったんだ」



しばらくあっけにとられる船長。



と、そこにイエローサブマリンの監査船が、けたたましいサイレンと共に姿を現した。



慌てて管制室に走る道すがら、船長は思う。




もしかして今日自分は、本物の侍に会ったのではないか、と。




—次章に続く―

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