制圧プロパガンダⅡ
3-2・制圧プロパガンダⅡ
フラッシュが一斉に焚かれる。
平秀と桜香は事の成り行きにあっけにとられていた。
犬飼はリモコンでポチリとテレビの電源を落とした。
「隊長、これは――?」
「驚いたろ。まあ急くな、本題はここからだ」
桜香も詳しくは知らされていなかったのか。
それにしても、犬飼はこれを前もって知っていたのか?
犬飼が取り出したのは、一台のタブレット端末。
そこに写し出されていたのはメールの文面だった。
「ドッグス本局直々の命令だ」
その内容は――
「・・・探索部隊第39番小隊に、キャッツ掃討決起市民大会においての、雨宮首相の身辺警護の任を命ず・・・?」
「そ。警護だ。決起大会のメインイベント、雨宮新首相の演説の警護」
「首相!?俺らレトリバーなのに?」
「色々あってね。俺らにとっても多分、大きなことになるぞ。とりあえず詳しいことは明日、隊員全員集めて話そうか。今日はもう遅いし」
犬飼がニヤッと笑う。
大抵こんなときは、ろくでもない目に遭ってきた。
今回は「ろくでもない」の規模が比べ物にならないくらい大きそうだが・・・。
そんな不安と、これから始まる「大きなこと」に対する武者震い的な興奮を感じつつ、平秀は家路についた。
翌日、平秀らレトリバー第39小隊隊員は正午に都内某所の事務所に招集された。
隊員といっても全部で4人しか居ないのだが。
大丈夫なのか?と平秀は集まった面々を前に思うのであった。
隊長務める犬飼ツヨシ。
タバコをプカプカやってる茶髪の痩せたこの不健康極まりない若者は自らを「頭脳労働者」と言っており、現場には出ず普段管制に徹している。
――徹しているのにそれすらサボる割と致命的な欠陥がある。
昨日居なかった副隊長、乃木希彦は御年61歳のおじいちゃんである。
いかにも有毒な隊長と対称的に、こちらはザ・人畜無害。
副隊長といっても何か仕切ったりする訳ではない。いつも隊の事務仕事をしたり、働かない隊長のコーヒーを淹れるなど庶務をしている。
ほとんど喋らず、いつもニコニコしている。
想能力を一切持たない『notV<ノットブイ>』といわれる人で、もちろん現場での仕事はしない。
今日も隅の方でせっせと資料を整理しながら穏やかにニコニコしている。
平秀の横で腕組みしてしかめっ面をしている少女は愛上桜香。平秀の隊の先輩であり、高校の同級生であり、第39番小隊のエースだ。
使う想能力は空気の流れ、つまり風を操る『舞空術』英名『エア・ラダー』。
桜香のそれはその中でも特に異質で、風と共に桜の花びらを顕現する。
エア・ラダー得意の飛行術はからっきしだが、秒速70mを超える圧倒的な風圧で相手を吹き飛ばし、薙ぎ払うのを得意としている。
・・・平秀も何度か巻き添えを食らっているが。
基本的には冷静で知識も豊富だが、無愛想ですぐキレるので少し怖い。というか、おっかない。
そして並木平秀。
想能力は身体の動きを直線方向に爆発的に加速する『爆加速』英名『アクセプロージョン』。
体を前に蹴りだせばその前に進む体の動きを爆発的に加速して高速移動を可能にし、パンチを繰り出せば一撃必殺の破壊力を生み出す。
ジャンプすれば擬似的に空も飛べるが、加速できても減速は出来ず、高く飛びすぎると墜落死間違い無しなのでかなり気を使わなければならない。
強いが欠点も制約も多い、それが平秀のアクセプロージョンだった。
と、合計4名。
そのうち実働隊員は平秀と桜香だけ。
どう考えても人数不足だ。
レトリバー小隊は最低12名編成と決められているのに何故4人しか居ないかというと、残り8名は犬飼の知り合いやらから名義を借りているだけの幽霊部員ならぬ幽霊隊員となってるからだ。
こんな末端部隊に下りる予算では12人の生活は支えられないから、という理由らしい。
「お前らもなるべく多くもらったほうがいいだろ?」というのが犬飼の言い草だ。
・・・実のところ、予算の大半は犬飼の懐に消えているのではないか。と平秀は踏んでいるが。
「はーい静聴静聴ー」
パンパンと手を打ち鳴らして犬飼が前に出る。
「乃木さん、さくちゃん、ヒラシュー君。皆いるな。よーしじゃあ今から第39番小隊臨時緊急作戦会議?始めるよー」
緊急性をこれっぽっちも感じないのんびりした調子で犬飼は会議を始めた。
「今日集まってもらったのは、ウチに舞い込んできたビッグなミッションについてだ」
犬飼はそう言うとホワイトボードに『雨宮首相 警護任務』と殴り書きした。
「今度の7月17日土曜・・・つまり4日後だな。東城学府中央広場で行われるキャッツ掃討の決起大会、そこでスピーチする雨宮新首相の警護・・・無論俺らだけじゃないが、警護隊の一角を担ってキャッツの攻撃から首相を守るのが仕事だ」
日付、場所もホワイトボードに羅列しながら犬飼が説明する。
「何故ウチのような小規模な末端部隊にそんな大役が?」
「いい質問ださくちゃん。実はな、雨宮首相がまだ現役バリバリのドッグス総司令の頃、短い間だったが俺はあの人の下で働いてたことがあったのよ」
「アンタが?マジでか」
「大マジだ。あと敬語使えヒラシュー君。これでも俺はエリートの端くれよ。まあそんな訳で雨宮首相直属の秘書官になった何人かと俺は昔から懇意な仲でね。今回のことも割と早く情報が掴めたというわけだ。で、報酬が高そうだったから頼み込んで警備部隊にウチの小隊をねじ込んでもらったというわけだ」
「コネ・・・ですか」
「コネクション。大事よ、世の中渡っていくには。もし駆逐隊だらけの警護隊で探索隊が戦果上げたら、そりゃもう特別表彰&ボーナス&予算爆上げ、ついでに俺の栄転も間違い無しってもんよ」
「結局自分の為かよ!」
「そんなこと無いって、君らにも良いことあるよ多分」
「実際に動くのは俺らなんだけど?」
「おっと、今回は流石のエリートな俺も現場で指揮を執ろうと思ってるぜ。管制は乃木さんに任せる」
「お前戦わないじゃん、想能力無いし」
「一応射撃の訓練は受けたのよ?でもウチにはシェパードも顔負けの優秀な想能力者が3人いるからねー、戦いは数じゃないってことを戦闘エリート共に見せつけるチャンスだと思わんか?」
「何を勝手な――」
「・・・3人?」
桜香が呟く。
「ウチの戦闘可能な想能力者は私と並木の2人だけど」
「・・・おっと、忘れてた」
犬飼は自分の額をペチンと叩いた。
「今日から我が39番小隊に新しい仲間が1人加わりまーす」
「え・・・えっーーーー!?」
「おうおう、そんなに嬉しいか。1時までには来いって言ったからそろそろ来るんじゃないかな」
犬飼がそう言った瞬間、ピンポーンと呼び鈴の音が鳴り響いた。
「空いてるぞ、入れや」
犬飼が玄関に向かって叫ぶとドアの開く音がした。
「失礼します」
暖簾をくぐり中に入ってきたのは、一人の少年だった。
入ってきた少年。
年の頃は平秀達と変わらない。
染めた髪を無理矢理黒く染め直したような灰色混じりの黒髪に、ジャラジャラしたシルバーアクセサリー。不遜な目付き。
平秀と桜香はこの少年に見覚えがあった。
「あああっーーー!お前は!!」
二人が叫ぶとほぼ同時に少年も
「えええええ!お前はあああ!?」
それぞれ指差しあって叫ぶ3人。
「ハイハイ静かにー、今日よりレトリバー第39番小隊に配属になった鎌瀬剣君でーす、仲良くしろよ」
「お前あの・・・かませ犬じゃねーか!」
「かませ犬じゃない鎌瀬だ!お前こないだはよくもやってくれたな、今ここで焼き殺して――」
「アンタら、事務所壊したらまた処分ってことを忘れないように」
桜香がたしなめる。
と、桜香に気付いた鎌瀬は目を丸くしたかと思うと急に平伏した。
「あなたは!もしや先日危ないところを助けていただいた方ではございませんか!あの時は本当に、ありがとうございましたっ!!」
頭を床に付ける鎌瀬。
「ええ忘れません!僕がこの野蛮な男に殴り殺されそうになっていたところ、急に桜吹雪がこいつを吹き飛ばしていったので、何事かと思ったらそこにあなた様の姿が・・・なんと美しくも凛々しい方だと思いました。まさか、こんなところで再会できるとは!」
「ちょっと待て、お前この女がお前のこと助けたと思ってんの?」
確かに平秀を吹っ飛ばしたのは桜香だが、その後鎌瀬に止めを刺したのは他ならぬ桜香である。
この男、もしかして記憶がそこまでで消えてるのか。
あそこまで殴られれば無理もないが。
桜香は「は?」という驚きの表情で
少しおろおろしている。
「これも何かの縁!そうだアネゴ!アネゴと呼ばせてください!僕はあなたの舎弟です。これからはなんなりと使ってくださいい!!」
「ちょっとアンタ、何言って・・・」
戸惑う桜香。
「おいおい、最終的にお前ノックアウトしたのはこいつだぞ?覚えてないのか?」
「アネゴが?ふざけるな!いいかお前はいつか必ず俺のヘルフレイムエッジで八つ裂きにしてやるからな忘れるなよ!」
「ストップ!お前さん方、ストップだ」
犬飼が慌てて止めに入る。
「浅からぬ因縁があるのは分かってるんだがここまでヤバめとはな。とりあえず2人は名前くらい名乗れ。まずはそっからだ」
「・・・並木平秀だ」
「愛上桜香」
「愛上桜香!?アイウエオーカ!何とも覚えやすくかつ優雅な名前!流石アネゴ!僕にはとても――」
「ぶっ飛ばされたいのか貴様ああああ!!」
桜香の地雷をここまで見事に踏むとは。こいつ案外できるのかもしれない。
そんなことを思いながら平秀は暴風をぶっ放そうとする桜香の腕をねじ上げ、口をふさいだ。
「処分がどうのとか言ってたやつは誰だよ全く」
口をモゴモゴさせ暴れる桜香とそれを抑える平秀。平謝りする鎌瀬を横目に、犬飼はやれやれと肩をすくめる。乃木老人は後ろの方でホッホと穏やかに笑っていた。
「ったく、話進まねーな。乃木さん、資料配って」
犬飼が指示すると乃木はホッチキスで留められた厚い資料を三冊取り出し、一人ずつ手渡した。
「俺らの配置、タイムテーブル、注意事項とか諸々詳しいことは全部そこに書いてあるから目ェ通しとけ。ともかくこの任務は今までに無い超重要任務だ。街駆けずり回ったり、売れないアイドルのコンサート警備に駆り出されてた昨日の俺らにサヨナラバイバイするためには、仲良しこよしとはいかないにしろテメーら三人には協力してもらう」
犬飼がずり落ちた眼鏡をクイッと上げる。
「俺らと同じ配置につくのはシェパードの精鋭、第7中隊『セブンスブラック』だ。空気になるわけでも足手まといになるわけでもねえ、存在感出していくには歯ァ食いしばっていかにゃならんのですよ。もし首相がキャッツのテロリストにぶっ殺されてみろ、俺ら全員銃殺さもなきゃ絞首刑だ。そん位の覚悟持ってけよ」
「セブンスブラック・・・」
平秀の脳裏に浮かんだのはかつての幼馴染。
今はセブンスブラックのエースを張り、敵味方なく恐れられている男。
7月17日、東城学府中央広場。
これから始まる「内戦」と「動乱」の第二手。
そこでこのものぐさ隊長と暴風女と中二病かませ犬、平秀の4人は何ができるのか。
犬と猫、表と裏。
恋、そしてあの男。
世界と、個人的な運命をないまぜにした歯車が今、ゆっくりと動き始めた。
—次章に続く—