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DOG RUN  作者: 鮫島あーろん
七・一七争乱篇
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夢遊モラトリアムⅡ

2-2.夢遊モラトリアムⅡ






「入るわよ・・・って、あれ?」



桜香は玄関にきれいに揃えて置かれた女物の靴に目を止め、次にちゃぶ台に向かい合って座っていた二人の顔を交互に見つめた。




「・・・えーっと、お邪魔だったかしら?」



桜香の眉がピクリと上がる。




「い、いいいいやその、私はその、ひらしゅー君の幼馴染で――」



恋が慌てて立ち上がる。



完全に何か勘違いをしてる気がするが。




「なんだよ桜香、何しに来たんだ」



不機嫌そうな桜香は、不法侵入の非礼を詫びようともせず、平秀の顔を見てこう言った。



「謹慎、終了!今すぐ私と事務所に来ること」




「・・・はい?」



謹慎が終わり?



まだ期日は二日残ってたはずなんだが。




「じゃ、そういうことだから早く着替えなさい。あなたは・・・あの、申し訳ないけど」




「いえいいんです、そろそろ帰ろうかと思ってましたからっ」



恋はそう言うとカバンをひっつかんで立ち上がった。



「じゃあひらしゅー君、お邪魔しました。ポトフまだ残ってるから早く食べてね。もう梅雨時だから。余ったお野菜も冷蔵庫にあるから」




そう言い残すと恋はそそくさと部屋を出ていった。





「・・・なんか悪かったわね」



ガチャリと扉が閉まると、桜香が上がり込んできた。





「うっせーよ、てか、訳わかんね―よ!何が何だか説明しろよ」




「後で。外で待ってるから早く来なさい。軽装でいいから」



桜香はきびすを返すとそのまま外に出ていった。



「何なんだよ全く・・・」




訳が分からないが仕方ない。



待たせると余計に面倒だ。



平秀は部屋の端っこに転がっていたジーンズを履き、服の山から適当なTシャツをサルベージする。




「本当に嵐みたいな奴だ・・・」




同い年ながら仕事では先輩だし、頼りにはなるのだが。



今までこうして突然やって来た時は、大抵とんでもない面倒事を持ってくる。



財布その他もろもろをナップサックに詰め込み、平秀は家を出た。




「よし。じゃ行くわよ。都心行きのリニアが出るまであまり時間無いし、話は歩きながら」




桜香はそう言うと階段に向かう。



ここは三階だが、ここからでも最新鋭の学術施設が連なる未来的な街並みと、それを悠々と見下ろす富士山の姿がはっきり見える。



科学と古代からの自然が同居するこの街が、平秀が所属する学校であり一つの「国」、百景府学府(ヒャッケイフ ガクフ)である。



「時間無いって言ってるでしょ?早く歩けバカ」




何となくぼおっと立ち止まっていた平秀に桜香が苛立つ。




「はいはい、急ぎます急ぎますって」




ここで噛みついても不毛な言い争いになりそうなので、平秀はひとまず文句を飲み込み駆け出す。



それからはお互いしばらく黙ったまま早足で駅を目指した。




「・・・あんたがこの間ボコった鎌瀬って奴」




駅へ通じる陸橋を渡る途中で桜香が唐突に口を開く。




「素性を調べたところ、なんと教導院世界交通省の鎌瀬事務次官の、息子さんであることが判明したわ」



「鎌瀬・・・事務次官?」



事務次官が正確にどのくらいの地位かは知らないが、とりあえずかなりのお偉いさんだということが分かった。




「ずいぶん高いレベルの心象開発受けてるな、と思ったらなるほどな。で、どうなったんだ?」




「そりゃあもう、大騒ぎだったらしいよ」




桜香が苦笑する。




「公正、平等がモットーの教導院だもの。いくら事務次官の息子だからってねえ・・・まあ相当もめたらしいけど」



二人は改札に隊員証をかざして駅に入る。




「とりあえず、拘置所にいるみたいよ今は」




「なんでそんなこと知ってるんだよ




「もちろん、ソースは我らが隊長さんよ」



「・・・やっぱりあいつか」




平等は頭を掻く。



二人の上司は、昔から妙に顔は広い男だった。



・・・仕事は全くしないが。



「次あいつに会ったらまず顔面グーでいくから、止めんなよ」




「止めます」




桜香が溜め息をつく。




「これ以上面倒増やしてどうするつもりなのよ」




お前も増やしてるだろ、と言い返そうとしたその時平秀は大事なことを思い出す。




「そういえば、なんで突然俺の謹慎は解けたんだ?」



「その事なんだけどさ、やっぱり事務所着いてから、ってことでいいかな?」




「何でだよ」




「実は私もよく分からないから」




「は?何じゃそりゃ」




「まあまあ」




そうこうしてるうちに、都心行きのリニアがホームに停まった。



二人は乗り込んで、 二人掛けの座席に並んで座った。



車内はあまり混んでおらず、静かだった。



百景府学府と都心部を30分でつなぐリニアは、滑らかに目的地へ二人を運んでいく。




「・・・あの子、あんたのことひらしゅーって呼んでたわよね?それで呼ぶの隊長以外で初めて聞いたんだけど?」




桜香は怪訝な面持ちで首をかしげる。




「え?ああ、あいつか。実はあいつがつけたあだ名なんだよ。あんま好きじゃねーけどさ」




平秀はそう答え、座席を全開に後ろに倒した。




「俺のじいさんがおかしな名前つけるからさ。あだ名まで妙なことになっちゃって。あんまり他人に聞かれるのは恥ずかしいんだよな」




「ふーん」



桜香は少し考え込む。




「じゃあ私はなんて呼んでやろうかなー?」



桜香が平秀の顔を覗き込んで悪戯っぽく笑う。




「『役立たず』。ストレートすぎるか。『ミカンジュースの底に引っかかってるやつ』、は長すぎる・・・『オニヒトデ』とか?」




「頼むから『並木』て呼んでくれ」




平秀は頭を抱える。



「いい機会だからあいつにもヒラシュー呼ばわりを止めさせるか――」




「あの、すいません、椅子上げてもらえませんか?」




振り返って見ると後ろの座席で気弱そうなちびのおじさんが、前の背もたれに挟まれ潰されかかっていた。




「す、すいませんっ!」




後ろには誰も居ないものと思ってた平秀は驚き、慌てて椅子を元に戻した。



――そうこうしているうちに、リニアは目的地の駅に停まった。



世界政府教導院の特殊治安維持軍、通称「ドッグス」



その中でも、戦闘からイベントの警備、果ては交通整理までこなす部門がドッグス1の下っ端・・・もといオールラウンダー組織の探索部隊、通称「レトリバー」である。



そんなレトリバーのさらに末端、平秀と桜香が配属されている第39番小隊の事務所は当然オフィス街の一等地、というわけにはいかず、都心から少し下町に外れた雑居ビルのニ階の一角にあった。



入口のボロボロの郵便受けには、下手くそな文字で「事務所」と簡潔過ぎる表記がある。



桜香は合い鍵を取り出すとガチャリと錠を回し、先に中に入る。




「ただいま。隊長、並木を連れて帰ってきましたよ」



桜香が呼び掛ける。返事は無い。



事務所に入るにはいやにアットホームなあいさつだが、無理もない。



事務所の中はもはやアットホームを通り越しておばあちゃん家のような生活感を醸し出していた。



「・・・掃除しなきゃね。乃木さんはいないのかな?」



玄関に置かれた少年漫画誌の束をどかしながら桜香はやれやれといった様子で暖簾をくぐる。



平秀も続いて中に入ると、長テーブルが置かれた事務所内は真っ暗で誰も居なかった。




「あいつ留守か?」




「いや。明かりついてる」




事務所の奥の扉、これまた雑な文字で「隊長室」と表札のある扉の隙間からは明かりが漏れていた。



「入りますよ」




ドアをグイッと引くと、果たして隊長は、いた。



部屋は散らかっており、そしてすごくタバコ臭い。



その男は、暗い部屋に煌々と光るディスプレイに向かい合い、まるでグランドピアノを引くかのように優雅にキーボードを叩いている。



机の上の食べ終わったカップ麺にはタバコの吸い殻が山盛りになっていた。



着けているヘッドホンからは、何やら軽快な音楽が漏れている。



男はこちらに気づいたのか、ゆっくり振り返り、こう言った。




「おう、帰ってきたのかさくちゃん・・・そして、ヒラシュー君」



男は足を組んで、二人をずいっと眺める。



まだ若い。年の頃は二十代半ば。



赤茶けたボサボサの髪、緩んで鼻にかかったメガネ。無精髭。



一見締まったところのないだらしない顔だが、印象的な黄褐色をしたその瞳だけは、鷹を思わせる鋭さを帯びていた。



「遅かったじゃんかよーさくちゃん。ヒラシュー君もお勤めご苦労」




「てめえ・・・」




男の軽口に平秀の頭が瞬時に沸騰する。




「誰のせいでこうなったと思ってやがんだぁぁぁあ!!」



平秀はそう言って掴みかかったが、男は体を反らしてそれをヒョイとかわした。



「ドウドウ、暴れるな猛犬。話せば分かる」




睨む平秀を男はヘラヘラとなだめる。



「悪かった悪かった、今度ボーナスやる。きっとやる。だから落ち着け、な?」




手を合わせる男に対して、平秀は仕方なく少し後ろに下がった。



別にボーナスにつられたわけじゃないが、男と目を合わせ続けるのは何となく気まずかった。




「よーしよし、いい子だ。コーヒー沸かす。座ってろ」



そう言い残すと男はスッとその場を抜け出しキッチンに向かう。




いつものらりくらりとこちらの感情のリズムを狂わされ、丸め込まれる。




二人の上司、犬飼(イヌカイ)ツヨシはそういう男だった。



ダイニングと会議の場を兼ねた事務所の長テーブルのところに二人が座っていると、犬飼は盆にコーヒーを乗せてやって来た。




「おーう、待たせてすまない。いや、わざわざ遠いところすまないな。まあまずは飲んで飲んで」



上司とは思えない軽くへりくだった調子で犬飼は二人の前にコーヒーを置く。




「おい、俺はまだこないだの弁解聞いてないぞ」




平秀が机を叩く。




「何で無線に応答しなかった?おかげで死にそうになるわ処分食らうわ大変な事になったんだぞ」




「ああ、あれか。あの事については本当に申し訳なく思ってる」



犬飼の口調が急に真剣になる。




「こちらも色々問題があったんだ」



そう言うと犬飼はおもむろに一枚の光ディスクを取り出した。




「これを見てほしい」




二人は犬飼が差し出した光ディスクを覗き込む。




そこには、少し雑な文字で、こう記されていた。





『仮面セイバー ~復讐の闘剣鬼~ part1』






「・・・は?」




二人は同時に犬飼を見上げた。



「いやさあ」



犬飼は目を輝かせる。




「マジヤバイってこれ!激アツ。まず何がカッコいいって主人公がクール!家族を殺した怪人ザンサーツを倒すために全てを投げ打って闘うワケよ。シナリオも神だけどデザインもヤバイ。見ただけで脳汁ドバァって感じ。俺もたくさん特撮観たけどあの武骨かつ洗練されたね、なんというか、もののふ?侍魂?カッコよすぎて仕事とかポイーだわ。徹夜で全話見てBOXも鑑賞用保存用の二つ注文したわ。ともかく観てみ?観れば分かるって。そう言えば来週から――」




「仕事しろボケェェェェ!!」




平秀と桜香の怒りが同時に爆発した。




「ちょ、まっ、待てって落ち着け、話せば分か――」




「問答無用!!」



「だから、お、落ち着けって・・・うわぁぁぁぁ!!」



夜の街に犬飼の悲鳴がこだましたのは、残念ながら当然ということか。




一悶着後、閑話休題。




「・・・そろそろ本題に入るか」



管制をほったらかしにして特撮鑑賞に熱中していたのがバレた隊長、犬飼はパンパンに腫れた頬を擦る。




「ちょうど時間だ。テレビつけてみろ」




「テレビ?何でだよ」




「いいからいいから」



平秀はテーブルにあったリモコンのスイッチを押した。



テレビでは、ゴールデンタイムにありがちなバラエティー番組がにぎやかに放送されていた。




「チャンネルは?」




「何でもいい。あと三十秒だ、驚くぞ」



犬飼がニヤリと笑う。



三人がじっとテレビを見つめていると、突然華やかなヒナ壇が消え、殺風景なセットと堅苦しいキャスターが画面に現れた。






《番組の途中ですが、臨時ニュースをお伝えいたします》




—次章に続く―

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