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DOG RUN  作者: 鮫島あーろん
七・一七争乱篇
2/30

夢遊モラトリアムⅠ

◆登場人物

並木平秀ナミキ ヒラヒデ

レトリバー第39番小隊に所属する高校生。

「爆加速<アクセプロージョン>」と呼ばれる想能力を持つ。


愛上桜香アイウエ オウカ

桜の花びらを含む世界でも特殊な暴風を使いこなす少女。

第39番小隊のエースにして、平秀のドッグスでの先輩にして、同級生。


犬飼イヌカイツヨシ

第39番小隊隊長。情報通だが、怠け者。

2-1.夢遊モラトリアムⅠ




その夜、平秀は夢を見た。



遥か上空から、頭から真っ逆さまに落ちる。



吹きすさぶ風、見る見る近づいてくる眼下の街、思いっきり地球に引っ張られているのに感じる無重力感。



下から悲鳴は上がらない。

街には誰もいない。



灰色の空の下、林立するビルディング街には人が一人もいないばかりか、並木の葉一枚そよぐことは無く、全てが石のように固まっていた。



風を切って落ちていく現実感と、模型のような街の非現実感。



その二つが重なって、どうにも世界が歪んで見えて。



見極めようと目を大きく見開いたその時、既にアスファルトの地面は眼前に迫っていて――





――平秀は、目を醒ました。




時計の針は既に午前の11時を回っていた。




平秀は、むっくりと起き上がり、目を擦る。



夢。



悪夢といって差し支えない夢。



しかし、その悪夢は平秀に恐怖を与えるというより、慣れ親しんだ家に帰ってきたような、のんびりとした安心感をもたらしていた。



今まで何千回と見てきた、いつもと変わらぬ、同じ夢。



「想能力」――



それは夢を現実にする力。



想能力者となる人間は、人の無意識下の最深部にある何千何万の心象風景を科学技術によって人為的に削られ、たった一つに集約させられる。



これによって凝縮、強化された「想い」の力はただの精神論の域を脱し、科学というプロセス抜きで空を飛び、黄金を産み出し、物理法則そのものすら想い一つで歪ませてしまう、神の力が生まれる。




そんないわば「神の子」である想能力者はそれゆえに、一つの心象風景しかもたないばかりに――



――いつも同じ、一つの夢しか見ない。



「ん・・・」




平秀は伸びをするとカーテンを開け、昼の太陽光線を室内へと迎え入れた。



今日は水曜日。いつもならこの時間はとっくに学校。今頃はいつも時計とにらめっこしながら昼食を心待ちにしていた。



だが今日は行かなくていい。



理由は明快、謹慎中だからである。



先日の想能力無許可行使、職務違反、ついでに街を荒らすキャッツの一派の壊滅。



これらの賞罰の結果が、「十日間の自宅謹慎及び三十パーセントの減給」。



桜香曰く「これで済んだのが奇跡」だそうだ。



謹慎は、いい。別に見張られてるわけでもないから普通に外出できるし、学校は行かなくてよくなるし、仕事もサボれる。



だが学費含めて生活費すべてを探索部隊(レトリバー)での給料で賄っていただけに、三十パーセントの減給はとてつもなく痛かった。




「どーすっかなあ・・・」




身内はと言えば、父方の祖父が一人。言えば仕送りしてくれるかもしれないが、それはなんだか癪だし、それに祖父とは一年以上顔を合わせていなかった。




「・・・寝よ」




現実を考えると頭が暗くなってきた。



自宅謹慎だから二度寝も三度寝も自由なはずだ。



平秀は先ほど開けたカーテンをまた閉めると、再びベッドの温もりの中にダイブした・・・。  



『ピンポーーン』



唐突に呼び鈴の音。




「・・・誰だ?」




ここは学生寮。新聞の勧誘の類いは来ない。



となると、やって来るのは配達か、それとももっとめんどくさい来客。



呼び鈴がもう一度鳴る。




「はいはーい、今出ます」




気の無い声で扉の向こうの誰かに呼びかけると、平秀は玄関に足早に向かい、扉を少しだけ開けた。




「ひらしゅー君、久しぶり」




扉の向こうに居たのは、業者でも、お役所仕事の監察官でもなく、見慣れた顔。しかし、いやに久し振りに会う女性だった。



「え、(レン)!?」




「入るよ」




大きな買い物袋を提げた小柄な少女、忍野恋(オシノ レン)はそう言うと返事も聞かずに靴を脱ぎ始めた。




「なんでこんなところに?お前は――」




「ひらしゅー君がやらかしたって聞いて、ちょっとお見舞い。キッチン使っていい?」




「待て待て待て待て、ちょっと何がなんだか・・・って入るな!」




言うのも聞かず、恋はいそいそと室内に踏み込んでいった。



「うわぁ・・・」




恋の口から正直な感想が洩れる。



ただでさえ整理整頓する方ではない平秀の部屋は、謹慎処分のストレスでいつもの三割増しに荒れまくっていたわけで。



とても女の子なんて招待できない魔界が、そこには広がっていた。




「だーから入るなって・・・」



幼馴染みとはいえ、一年ぶりに顔を合わせる女の子にこの惨状を見せるのは恥ずかしい。



隠したいものもあるし。



「掃除しないとね」




戸惑う平秀をよそにきっぱりと魔界に宣戦布告した恋は、今度は冷蔵庫をおもむろに開けた。




「こら、勝手に人ん家の冷蔵庫開けんな!」



カオスな室内とは裏腹に冷蔵庫内は意外なほど整然と、食品が並んでいた。




「生ものだけには気使ってんだよ!いいから閉めろよ」




「・・・牛ロース肉」




恋が呟く。



「豚バラ、サーロイン、骨付きカルビ、生ハム、ソーセージ、鶏モモ・・・」




次々に冷蔵庫から取り出されていくのは、肉、肉、肉。



チルドはもちろん、野菜室にも肉。



冷凍庫には冷凍された肉。



そこには魚も野菜もパンも惣菜の類いも無く、食材と呼べるものは肉ばかり。



赤一色の冷蔵庫のサイドコーナーには、各種調味料と飲みかけのコーラが申し訳程度に並んでいた。




「・・・ひらしゅー君、昨日夕飯なんだった?」



恋が渋い顔をして尋ねる。




「夕飯?ステーキ焼いたかな」




「じゃ昼ごはんは?」




「牛肉と鶏肉の炒めもの」




「朝は?」




「さっぱりと豚の冷しゃぶ」




「・・・はぁ」



恋はため息をつく。



「ひらしゅー君全身ガンまみれになって死んじゃうよ?」




「やめろよその言い方、怖いだろ」




「わたしはひらしゅー君の食生活が怖いよ」




恋がたしなめる。



「相変わらずほっといたらお肉しか食べないよねひらしゅー君」




「いいだろ別に!食いたくないもん無理して食う方が体に悪いって」



平秀は反論するも、恋はすでにキッチンで買い物の野菜を開け始めていた。




「お昼まだでしょ?作るからその前にその辺きれいにしといてよね」




そう言って笑った。



平秀が床に散らばった雑誌や漫画を片付けていると、包丁で野菜を切る音が規則正しく聞こえてきた。



誰かにご飯を作ってもらうなんて、ついぞ無かったことだった。



そう考えるとなんだか感慨深くもあるが。




「お肉が好きなひとはたくさんいるけどさあ」




恋が呟く。




「お肉しか、食べないってのは逆にすごいよね。偏食ここに極まれり、って感じ」




そう言ってクスクス笑う。今度は鍋に火をかける音がする。




「でも今日は嫌でも食べてもらうからね、野菜。たくさん作るから」




へいへい、と生返事をするとコンソメの香りがプーンと室内に広がってきた。スープを作ってるらしい。



三十分もすると、とりあえず物が片付けられたちゃぶ台に料理が運ばれてきた。



「はい、ポトフと生ハムのサラダです」




ほかほかと湯気を上げるポトフと綺麗に盛り付けられたサラダが目の前に置かれる。



確かに、見事に野菜ばっか。




だがポトフに入ったソーセージと、サラダの生ハムは彼女の優しさ、または甘やかしか。




「ごめん、冷蔵庫の食材ちょっと使ったから」




恋も自分の分を置いて平秀の反対側に座った。




「いいよ別に。というか、ありがとな」




「いえいえ。冷めないうちにどうぞ。おかわりはまだいくらか鍋に残ってるから」



二人でいただきますをすると、平秀はまずポトフを一口。



ジャガイモがホクホクと口の中でほぐれて、コンソメの旨味とジャガイモの土っぽい風味が広がる。



ウインナーもよくボイルされていて、噛むとパリッと歯応えがした。



美味しい。



「旨いよ、これ。流石だわ恋」




「・・・ありがと」



恋が控え目にペコリと頭を下げる。頬が緩んでいた。




「これで美味しくないとか言われても怒るけどね。温野菜なら食べれるでしょ?」



「まあな」




平秀はそう言うと生ハムに箸を伸ばした。




「あ、生ハムちゃんと野菜と一緒に食べてよ?」




「バカそれだとせっかくの生ハム様が美味しくないだろ?」




「何のためにサラダに生ハム入れてあげたと思ってるのよ」




恋はそういうところは厳しい。



仕方ないからレタスと水菜をハムで巻いて食べてみる。



久々に食べる生野菜は瑞々しかった。



「ね?おいしいでしょ?」




なんか悔しいが、今日は野菜がいける。



誰かと食事するのが久し振りだからか?



今度はポトフの汁をすすってみる。




なんというか、こういうのを家庭の味と言うのだろうか。




どことなくほっこりする、そんな味だ。



家庭的・・・。



そういえば、恋はもう毎日家庭を回しているんだっけ。



「その・・・今日せー君に内緒で来てるから」




「今はあんまりあいつの名前は聞きたくないなあ」




平秀はもう一人の幼馴染みで――今は恋の婚約者でもある男を思い出していた。




「うん・・・ごめん」




恋が少しうつむく。毎日家事をこなしているにしてはとても綺麗なその指には、銀の指輪が控え目に光っていた。



「でもひらしゅー君が今謹慎中ってことはせー君が教えてくれたんだよ?」



「そうかい」




「多分、心配してると思うけどな。ひらしゅー君のこと。ひらしゅー君が相変わらずお肉しか食べてないことも言ってたもん」




「あいつが?マジかよ」



あいつと会ったのも、もう何ヵ月も前な気がしたが。



「そんなタマだったかなあいつ」




「結構見てるんだよ、あの人」



お茶を淹れながら恋が続ける。




「周りのこと。正義正義言ってさ、毎日遅くまで帰ってこないけど」




お茶を注ぐと、恋はにっこり笑った。




「まあそんなこと言ったら『馬鹿者!』とか言われて殴られちゃいそうだけどね」




「おいおい、それDVじゃねーの?警察に相談したら?」




「あの人が警察だよ」



恋は楚々とした動作で平秀に湯飲みを渡す。




「でも、優しいよ。そりゃ厳しくて融通利かないし、全然家にも帰ってこないけど。でも大事な時はいつも、側に居てくれるんだよ」




「・・・そうか」




平秀はお茶をすする。



何か続けて言おうと思ったが、今口を開くと何だか幼稚な言葉が出てきそうだったのでやめた。



三人で過ごした子供時代は遠く過ぎ去り、今やそれぞれ境遇が激変したわけで。



思えばあいつとは差がついてしまったのか。



「シェパード」の若手エースとして出世街道をばく進するあいつと、そんなあいつを支え、見守る恋。



下っ端探索員として街を駆けずり回る自分。



そんな思いがチクリと胸を刺した。



「昔っから自分の思ったことは誰が止めようが貫き通してきた奴だからな。でもこれからはお前が頑張って、止める時は、止めろよ?」




「・・・できるかなあ」




恋は苦笑する。



「そういえば昔はさあ――」




それからしばらくは、昔話に花が咲いた。



三人でやった、ちょっとした冒険。



記憶の隅に押しやってた失敗談。



そんな思い出を掘り返していくと、昔の楽しさがよみがえってくる一方で、余計に今の別々な運命が思い起こされて、平秀は少し寂しくなった。



「・・・それで、せー君が先生に掴みかかったから慌ててひらしゅー君が――」




『ピンポーン』



三十分も経った頃だろうか。



無粋なチャイム音が、盛り上がりを増す思い出話に水を差す。



「誰だろ?」




「さあ?」



二人で顔を見合わせると、今度はチャイムが連打される。




「何だ何だ!?――」



平秀が立ち上がったその時、戸締まりされていなかった玄関ドアが、勢いよく開けられる。




「並木!寝てるの?」



そこに立っていたのは、よく考えれば当初の予想通り。



会うたびに台風の如く平秀の人権を吹き飛ばしては去っていく、文字通りの暴風女。




愛上桜香の姿だった。




—Ⅱに続く―

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