小説書きは小説を読め論争について
ここ数日、SNSでは「小説書きは小説を読め」論争が流行ってまして…
それを曲解して「小説だけ読んでる時間なんてない」「小説を読まないと文章が書けない」など皆さま色んな意見が散見され興味深いです
まぁなろうで書いてる人ほど前者が多いと思うのは私の性格が悪いからだと思いますよ、はい
私個人の小説論ってほどじゃないけど、インプットは多い方がいいといつも思います
過去に商業誌でライターをしていた時にいつも言われたのが「同じような言い回しばかり。ちゃんと本とか読んでる?」でした
もちろんですとも
学生時分はコバルト文庫が私のバイブルでしたし、それ以外にも父の書棚を漁りまくって、椎名誠や赤川次郎、横溝正史にドストエフスキー…夏休みには1日1冊ペースで読んでました
(その中にフランス書院があったのは時効としてください)
それでも足りない表現力
つまり、どれだけ本を読んでも自分の中で便利な定型分を作って使い回してたのが見透かされた結果でしたね
その癖は今でも治ってませんが……
編集さんに死ぬほどダメ出しをされて泣きながら再校を重ねたのは今となってはいい思い出です
閑話休題
ただインプットって本当に大事だと思ったのが、今回の「没落貴族アデライン・アルマン侯爵令嬢の結婚」
作中で明記はしてませんが、リアル歴史線上の架空の国って設定にトライした結果、持てる全ての知識とスキルを総動員して書きました
ここでちょっとネタバレしますと、作品には年代なんて書いてません(○世紀って単語だけ出てくる)
でもちょっと歴史に詳しい人が読んでいくと、ちゃんと年代が絞られるようにしました
実際は年代なんて絞れなくても「あーはいはい。この時代ね」って程度が分かればいいようにも書いていて、分かれば面白いねっていうギミックを仕込んでみたわけです
また、なるべくその時代に生きてる人たちを感じてほしいから、なろう系によくある「現代人が貴族のコスプレしてるキャラ」にならないよう古典作品を参考にキャラの造形をして、生活様式を作り上げました
劇場のシーンを書くのにオペラもバレエも観たし、当時の服飾文化も死ぬほど調べました
今はなんでも本やインターネットで調べられるので便利ですね……
でも、そんなのは本文には数行しかでてきません
完全なる自己満足
でもそれでリアリティが出るならやる
素人作家の意地です
作中で一番苦労したのが、とある貴族から主人公に送られるメッセージカード
詩の引用にするか、手紙にするか、一言のメッセージにするか
意味を含ませるにもあからさまではダメだし、かと言ってわからないのもダメ
だからまず和歌を作ってそれを現代詩に訳して作りました
沈みたる
日の面差しを
出ずる日に
かさねし吾の
いのりをあたへ
作中に出てくるメッセージカードの元になった和歌がこちらです
たった一文なのにwww
でも、その一文に贈り主の想いや歴史を含ませるためにどうすればいいんだろう?と頭を悩ませて、作った和歌なんですね
和歌の中でも相聞歌と言われる、所謂ラブレターはストレートに愛を表現するものから、表の意味と裏の意味をもつものとがあります(相聞歌以外でもあります)
それを表現したかったんですね
ええ、もちろん自己満足です
でも、その一文にエモさを感じる人がいてくれればなと思ったらやっちゃうんですよね
こういうのは全て過去に読んだ小説や映画なんかのおかげと思ってます
私の古文の知識なんて国語の授業と百人一首、源氏物語(と、いう名のあさきゆめみし)くらいでした
でも、短歌を習っていたこともあって、和歌を学ぶようになったのが、巡り巡ってこの一文を作ったんだなと思うと感慨深さを感じ得ません
最近流れてくるのを見てると
「インプット<アウトプット」
って思ってる人がかなり多い気がするのですが、実は
「インプット≧アウトプット」
更に言うと
「 1 = 1 」
にはなっても
「 1 = 1 + n 」
になることは一部の天才以外はあり得ません
殆どの人が
「 1 = 1 - n 」
にしかなりません
どれだけインプットをしても、全てをアウトプットに活かすことは無理です。
アウトプットに慣れていないと、いつインプットした素材を使えばいいのかもわからず、せっかくのインプットも無駄になります
まずそれを理解することから創作って始まると思うんですよ
「小説書きは小説を読め」
って言うのは、
「自分はこんなこんなことを知ってる、こんなに本を読んでる」
そんな自慢をしろってことじゃなくて、それらをうまくアウトプットしろって話なんですよ
そのアウトプットの集大成が「プロの書いた小説」だから、そこから学べということなのではないかと思うんです
余談ですが…
飲み屋でおねーちゃんのおっぱいを揉みしだいてたあの大御所だって、原稿用紙1枚書くのに書棚いっぱいの資料を用意してました
実際にその場所に行ってその土地の土を踏み締めた数日間の行動が、たった数文字に凝縮されてることだってあるわけです
創作は机の上でやるわけでも、頭の中だけでやるわけでもない
自分が得た経験や、経てきた人生というインプットを、原稿用紙という盤面にアウトプットする
それが小説だと思ってます
あ、待ってください
私の小説が薄っぺらいのは、お前の人生が薄っぺらいって言うのは無しでお願いします




