プロローグ1 出撃〜異世界転移
G-20です。
小説家になろうへの初投稿なので御容赦を。
そうそう、本作は架空戦記創作大会2026冬参加作品です。
発 豊田副武聯合艦隊長官
宛 伊藤整一第二艦隊司令長官
「帝国海軍部隊は陸軍と協力、空海陸の全力を挙げて沖縄島周辺の敵艦隊に対する総攻撃を決行せんとす。皇国の興廃は正に此の一撃に在り、茲に特に海上特攻隊を編成壮烈無比の突入作戦を命じたるは帝国海軍力を此の一戦に結集し、光輝ある帝国海軍海上部隊の伝統を発揚すると共に其の栄光を後昆に伝へんとするに外ならず、各隊は其の特攻隊たると否とを問わず愈々殊死奮戦敵艦隊を随所に殲滅し以て皇国無窮の礎を確立すべし」
第二艦隊旗艦:大和に聯合艦隊司令部からの訓令電文が届いたのは、昭和20年4月6日のことである。間もなく発動する天一号作戦に備え、大和に乗艦したばかりの士官候補生たちや老兵・傷病兵たちは出撃する大和を降りて同じ第一航空戦隊に所属する航空母艦へ乗り換えを済ませた。第二水雷戦隊の各艦からも士官候補生たちや老兵・傷病兵たちが下艦し、出撃準備が進んでいく。
徳山にある海軍燃料廠からは出撃する各艦へ燃料である重油が搭載されていった。どの艦も、満載とまではいかぬものの、出撃先である沖縄までであればかなり余裕を持って行動出来る、相手が米第五艦隊のような大艦隊でなければ呉まで生きて帰れるだけの量を搭載した。無論本来の作戦計画を超える量の搭載に不満を抱く提督も居たが、日本本土の一角たる沖縄本島が攻撃されているという状況を前にしてそれに同調する海軍将校は少なかった。何より出撃する各艦や燃料補給を担当する海軍徳山燃料廠の面々が聯合艦隊司令部からの「各艦には沖縄本島までの片道分のみ搭載すべし」という指示に反発してタンクの底から掬った帳簿に載っていない重油までも搭載したのである。
かくして昭和20年4月6日1520、第一遊撃部隊は第三十一戦隊旗艦の駆逐艦花月を先頭とし、第四十三駆逐隊の榧と槇を指揮下に配する対潜掃討隊の護衛を受けて徳山沖泊地を出撃する。
同日1610、第一遊撃部隊を指揮する伊藤整一中将からの訓示が第一遊撃部隊各艦に行われた。
そうして第一遊撃部隊は豊後水道に入ったところで対潜掃討隊を分離すると豊後水道を南下して沖縄に向かって行く。
USSスレッドフィン
USSスレッドフィンの発令所は、静かな緊張感に包まれていた。1945年4月6日、夕暮れが近づく豊後水道の外れでアメリカ合衆国海軍の潜水艦USSスレッドフィンは哨戒任務に就いていた。
「Conn, radar: new contact bearing 008, designated Romeo 1.(発令所、こちらレーダー:新たなコンタクト方位008、ロメオ1に指定しました。)」
レーダー手の報告が、艦内の雰囲気を一変させた。発令所の艦長は即座に反応する。
「Radar, conn: aye. Bearing 008, range?(レーダー、こちら発令所:了解。方位008、距離は?)」
「Conn, radar: range 25,000 yards, course southwesterly, speed 22 knots. Multiple pips—looks like a big force.(発令所、こちらレーダー:距離25 kyd、コース南西、速力22ノット。複数の反応―恐らく大部隊です。)」
艦長はブリッジのクルーに目をやり、命令を下した。米海軍の標準プロシージャに従い、冷静に状況を評価する。
「All hands on battle positions. Dive to periscope depth. Make depth 60 feet.(総員戦闘配置。潜望鏡深度に潜航。深さ60ftに就け。)」
警報が鳴り響き、クルーがそれぞれのポジションに急いだ。潜水艦は静かに潜航して聞き耳を立てる。
「Conn, dive at 60 ft.(発令所、深さ60 ftです。)」
「Up scope.(潜望鏡上げ。)」
潜望鏡を覗き込んだ艦長は遠くの海面に日本艦隊のシルエットを捉えた。そこには大和を中心とした第一遊撃部隊—戦艦1隻、軽巡洋艦1隻、駆逐艦8隻が、南西へ向かって進んでいた。
「XO, get a fix on that position. Prepare to send contact report.(先任将校、本艦位置。接敵報告用意。)」
「Aye, skipper. Position fixed: 32 degrees 42 minutes north, 131 degrees 59 minutes east.(了解、艦長。本艦位置は北緯32度42分、東経131度59分。)」
艦は浮上しての追撃を試みたが、日本艦隊の22ノットという高速と之字航行が射点への接近を阻んだ。その上USSスレッドフィンには潜水艦隊司令部からの攻撃許可が下りていなかった。
第一遊撃部隊 第二水雷戦隊 第十七駆逐隊 駆逐艦磯風
「艦長、右舷前方に敵潜水艦!」
見張り員の鋭い報告が艦橋に響いた。磯風の艦長、前田実夫中佐は双眼鏡を構えて確認した。米潜水艦スレッドフィンの艦影が、薄暮の海面に浮かんでいた。
「総員戦闘配置! 敵潜水艦発見、方位188。発光信号で大和に報告せよ。追撃する。」
磯風は即座に針路を敵潜に向けて速力を上げた。艦隊全体の雰囲気が一変し、警戒信号が各艦に伝わった。
大和の艦橋では伊藤整一中将が状況を把握していた。旗艦として部隊の指揮を執る中、磯風からの信号が届いた。
「磯風より報告。敵潜水艦視認、追撃中。」
通信士が読み上げた。伊藤中将は地図を睨み、冷静に命令を下した。
「全艦、之字航行を強化。磯風に追撃を許可する、但し部隊離脱は最小限に。電信室、無線傍受どうか。」
大和の艦内では敵潜水艦発見の一報に砲手や機関員たちが緊張を高めていた。
駆逐艦磯風は米潜水艦USSスレッドフィンに向かい速力を上げる。
USSスレッドフィン
「Conn, sonar: high-speed screws approaching—destroyer peeling off.(発令所、こちらソーナー:高速スクリュー音接近中―駆逐艦1隻こちらに向かう。)」
「Steady as she goes. Maintain distance.(宜候。敵艦との距離を維持せよ。)」
クルーは緊張したまま監視を続けた。未だ潜水艦隊司令部から攻撃を許可されていなかった。
2144時、米海軍の通信マニュアルに則って平文で送信された。
「Radio, conn: transmit the following: Contact report. Large enemy force sighted bearing 008 from our position. Composition: one battleship Yamato class, one light cruiser, eight destroyers. Course 220, speed 22 knots. Position 32-42N 131-59E.(通信手、こちら発令所:以下を送信せよ:接敵報告。敵大部隊を本艦よりの方位008に視認。構成:ヤマト級戦艦1、軽巡洋艦1、駆逐艦8。針路220、速力22ノット。本艦位置は北緯32度42分、東経131度59分。)」
「Aye, conn. Transmitting now.(了解、発令所。送信します。)」
2144、第一遊撃部隊 第一航空戦隊 戦艦大和
その時、無線傍受班が敵の通信を捉え始めた。無線傍受によって敵の接触報告が送信されたことが明らかになった。
大和の艦橋で、伊藤中将はため息をついた。
「敵に発見されたな。だが、今はただ沖縄に向かって進むしかない。」
第一遊撃部隊 第二水雷戦隊 第十七駆逐隊 駆逐艦磯風
磯風は高速で接近を試みたが、スレッドフィンは直後に潜航を開始。海面に泡を残して姿を消した。
「敵潜、潜航した。 爆雷戦用意。」
磯風の艦長は爆雷投下を命じたが、敵の素早い潜航と部隊の速度維持のため追撃は短時間に留まった。聴音機での追跡を試みたが、自艦の高速がそれを阻んだ。
「敵潜水艦を失探したと認む。磯風は部隊に復帰せよ。」
大和からの信号により磯風は渋々針路を戻した。第一遊撃部隊は敵潜水艦を振り切ることに成功したが、敵に発見されたという事実は司令部に重くのしかかる。
USSハックルバック
米潜水艦USSハックルバックの艦内は、夜の闇に包まれた九州沿岸の海域で緊張感に満ちていた。1945年4月6日2028頃、潜望鏡深度で航行中レーダー手から発令所への報告が響いた。
「Conn, radar: new contact bearing one eight zero, range three zero thousand yards, designated Romeo one.(発令所、こちらレーダー:新たなコンタクト方位180、距離30kyd、ロメオ1に指定。)」
艦長のフレデリック・E・ジャニーは即座に反応した。弱いものの、複数の反応を確認。やがて7つのレーダーコンタクトが明瞭になる。そのうち一つが明らかに大型艦だ。
「Radar, conn: aye. Keep tracking.(レーダー、こちら発令所:追跡を続けろ。)」
「Sonar, conn: any screws?(ソーナー、こちら発令所:スクリュー音は?)」
「Conn, sonar: multiple screws bearing one eight zero, estimated speed twenty knots, course one eight zero true.(発令所、こちらソーナー:多数のスクリュー音方位180、推定速力20ノット、真針路180。)」
ハックルバックは浮上航行で追尾を開始した。そうして通信手へ命令が出る。
「Radio, conn: prepare contact report: Battleship force, one large BB, possibly Yamato class, with escorts, position 32-30N 132-11E, course 180, speed 20. Transmit in clear to ComSubsPac.(通信手、こちら発令所:接敵報告用意:大型戦艦1隻、恐らくヤマト級、護衛を伴う、位置は北緯32度30分、東経132度11分、針路180、速力20ノット。平文で太平洋潜水艦隊司令部に送信せよ。)」
「Aye, sir. Transmitting now.(了解。送信中です。)」
すると日本艦隊の針路が165度に変わり、速力が22ノットに上がる。ハックルバックは接近を試みる。
「Conn, radar: destroyer peeling off, bearing one seven five, closing fast, range one three Kiloyards.(発令所、こちらレーダー:駆逐艦が分離、方位175、高速接近中、距離13kyd。)」
「Helm, come to two seven zero, full speed ahead. Dive if necessary, but maintain contact.(変針、方位270へ、全速前進。必要があれば潜る、だが接触を続けろ。)」
駆逐艦は信号を送るが、短時間で本隊に戻っていく。ハックルバックは回避しつつ位置と進路を更新しながら四回の接触報告を送信する。
「Conn, sonar: destroyer turning away, resuming station.(発令所、こちらソーナー:駆逐艦は本艦から離れ、配置に戻るようです。)」
そうしているうちに2207、USSハックルバックはとうとう第一遊撃部隊に振り切られてしまった。
第一遊撃部隊 第一航空戦隊 戦艦大和
米潜水艦を二度も振り切った大和では安堵が広がっていた。戦闘配置が解かれた艦内では夜食にお汁粉が振る舞われ、和やかな空気が流れる。第一遊撃部隊司令部では米潜水艦に立て続けに発見されたことで内心作戦の成否に悲観的な見方が強まっていたが、麾下の将兵の士気を保つため内心の裡に仕舞っている。
そうして夜は更けていく。
1945年4月6日夜、沖縄沖、米第五艦隊旗艦 戦艦USSニュー・メキシコ
米第五艦隊は一週間ほど前に特攻機によって大破して戦線を離脱した重巡洋艦USSインディアナポリスから第54任務部隊の一翼を担う戦艦USSニュー・メキシコに旗艦を変更していた。スプルーアンス提督は特攻機を主力とする航空攻撃に呼応して水上艦隊による攻撃が行われると予想し、太平洋艦隊及び潜水艦隊司令部を通じて豊後水道を警戒していた。
「Sir, this is a message from ComSubsPac. Our submarine has come into contact with a Japanese fleet, led by the Yamato, heading south through the Bungo Channel. Based on the time of discovery and report data, the Japanese fleet is expected to arrive soon off the eastern coast of Shibushi Bay. Our flying boats based in the Kerama Islands will likely make contact with the Japanese fleet again tomorrow morning.(閣下、潜水艦隊司令部からの通報です。我が軍の潜水艦が豊後水道を南下中のヤマトを中核とする日本艦隊を発見致しました。発見時刻と通報データからその日本艦隊は間もなく志布志湾東方沖に到達する見込みです。恐らく明日午前中には慶良間諸島を基地とする我軍の飛行艇がその日本艦隊と接触することでしょう。)」
「Understood, thanks for the report. I'd like you to carefully maintain the flying boats at the Kerama Islands so that we can re-establish contact as soon as possible. Then, please begin extracting an interception force, primarily consisting of battleships, from Task Force 54, led by Deiyo.(了解、報告ありがとう。それでは出来るだけ早く再捕捉出来るように慶良間諸島の飛行艇の整備を入念に行ってくれ。それからデイヨー君の第54任務部隊から戦艦を中心とする迎撃部隊の抽出を始めてくれ。)」
「Yes, sir.(了解しました、閣下。)」
昭和20年4月6日2359
第一遊撃部隊は針路210にて航行を続けていて、間もなく針路225への変針が行われる。クロノメーターが変針へのカウントダウンを刻むかのように時を刻んでいる。
第一遊撃部隊 第一航空戦隊 戦艦大和
「参謀長、間もなく変針点です。第一遊撃部隊は斉動運動で針路210から針路225に変針します。」
「わかった。そろそろだな。」
大和の艦橋でも、最後になるかもしれない穏やかな時が流れていた。恐らく翌日には敵機動部隊からの空襲を受けるかもしれない。そしてその日の深夜迎撃に出てくるであろう敵水上部隊と交戦、その後沖縄の敵上陸海岸へと突入することになるだろう。それに向けて艦橋では当直の引き継ぎが進んでいた。
「艦長、変針終わり次第当直交代します。」
「了解、お疲れ。朝になったら休む時間なんて全く無いだろうから、当直が終わったら今のうちにしっかり休んでおけよ。」
「はい艦長。」
大和艦長の有賀幸作大佐は作戦終了まで休めないだろうことを見越して前の当直であった将兵に当直終了後の休息を促す。
昭和20年4月7日0000
「参謀長、変針点です。」当直将校が報告する。
「よし。面舵。」参謀長の森下信衞少将が伝声管を通じて司令塔に操舵号令を出す。
《面舵。》司令塔から復唱、面舵がきられて第一遊撃部隊は一斉に針路を右へ15度変えていく。
「戻せ。」再び参謀長の森下信衞少将が司令塔へ操舵号令を行い、
《戻せ。》司令塔から復唱。そして舵が中央に戻る。
《舵中央。現在針路225。》司令塔から報告が上がり、
「よし。新針路ぴったりだな。」と参謀長の森下信衞少将が判断すると
「宜候。」と号令をかける。
《宜候。》司令塔から復唱が返り、第一遊撃部隊は新針路225に乗った。
「長官、変針終わりました。旧針路210から新針路225、磁針路230です。」参謀長の森下信衞少将は変針の報告。
「旧針路210から新針路225、磁針路230。変針了解。敵潜水艦との再度の接触を避けるためとはいえ、苦労をかけるな。」第一遊撃部隊を指揮する伊藤整一中将は報告を受けると参謀長の森下信衞少将を労う。
「いいえ長官、捷一号の時のように艦隊旗艦が敵潜水艦にやられては指揮統制に支障を来しますから。」
「確かにそれもそうだな、参謀長。」
長官の伊藤整一中将と参謀長の森下信衞少将は変針の報告が終わると、最後となるであろう穏やかな時を噛み締めるように談笑し始める。
そうして当直が交代し当直を終えたばかりの前直が艦橋から退出しようとするその瞬間、
「正面に青白い光球!近い!」
「面舵いっぱい、急げ!」
《面舵いっぱい、急げ。》
しかしながら回避運動は奏功すること無く、第一遊撃部隊は青白い光球に呑み込まれていった。
位置不明、朝方。
第一遊撃部隊は現在位置不明のまま第一警戒航行序列のまま針路225、速力22ノットで航行している。変針直後の出来事であり、それ故に見張り員は未だ明るさに慣れていない様子である。
第一遊撃部隊 第一航空戦隊 戦艦大和
「艦橋、こちら電探室:正面、距離12海里に反応。恐らく100トンも無い舟艇。もしかすると魚雷艇かもしれません。」電探室から艦橋に報告が上がる。直ちに総員戦闘配置と測的が命じられて、大和前檣頂部の九八式方位盤改一と15m測距儀が動き出す。しかしながら波間に見え隠れする国籍不明の舟艇は旗を掲げておらず、逆探にも反応が一切無いことや明るくなってもなお漂泊していることから、戦闘に踏み切る決断が出来なかった。米海軍の魚雷艇にしては空が明るい状況での漂泊という行動はあまりにも稚拙な上、漁船に見えなくもない船影。第一遊撃部隊司令部の面々の中で、発見した不審な舟艇は実は中立国船舶ではないかという疑いが頭をもたげていた。もし中立国船舶であれば、攻撃するのは臨検して敵対行為に関与していないことを証明してからでなければ戦時国際法違反になる。そして戦時国際法違反の武力行使は当然日本に対する開戦事由となる。米英相手に限界を迎えつつある日本にとっても、米第五艦隊を相手取る第一遊撃部隊にとっても、新たな参戦国の出現はあまりに大き過ぎる。それに来るべき米機動部隊による空襲や迎撃部隊との交戦、そして上陸海岸への突入に向けて少しでも弾薬を節約したいという思いもあった。少なくとも戦艦の主砲弾を100トンも無い小舟にくれてやる道理は、世界中の何処を探しても存在しない。
かくして大和の艦橋では、伊藤整一中将が参謀たちと協議を重ねていた。
「あの船は一体何者だ?敵にしては動きが迂闊過ぎるし味方にしては動きが鈍過ぎる。そして中立なら中立国籍を示す旗を掲げているはずだ。」
「長官、今まで逆探に何ら反応が入っておりません。どうやらあの船は電探を作動させていないようです。」
「外からぢっと見ているだけでは埒が明きません。ここは駆逐艦に命じて臨検させるべきでは?」
「だが臨検するにはカッターを下ろさねばならんだろう。その間に米機動部隊から空襲されたらどうするつもりだ?そうなったらまともな回避運動も出来ないうちにアッという間に海の底だろう。それに孤立したら米艦載機に狙われて群がられる恐れがあるだろう。」
「だがあの船を放置していて良いのか?もしアレが敵であれば我々の所在が敵に知られることになる。そして米機動部隊が我々を放っておく理由など何処にもないだろう。」
伊藤整一中将や第一遊撃部隊の参謀たちは明るんでいる空のために米機動部隊による空襲を警戒してか長い協議の割に結論が出ない様子である。旗旒信号で呼びかけても何ら応答は無い。先の異様な出来事のために第一遊撃部隊全体が警戒態勢に入っているが、下手な攻撃が米第五艦隊との交戦を不利にすることを理解しているためかこちらから手出ししようとしないのは幸いである。
第一遊撃部隊 第二水雷戦隊 第十七駆逐隊 駆逐艦磯風
第一遊撃部隊司令部や大和が躊躇っている間、第一遊撃部隊の先頭を走る磯風は国籍不明船舶を完全に目視出来る距離まで接近していた。
磯風の艦橋では第十七駆逐隊司令の新谷喜一大佐と艦長の前田実穂中佐が苛立ちを募らせていた。「司令部の連中はいつまで煮え切らないんだ! あの船はもう目視距離だぞ。漁船か何かに見えるが、旗一つ揚げてない。怪しいったらありゃしない。」新谷大佐が吐き捨てるように言った。
前田中佐は双眼鏡を握りしめ、船影を凝視した。確かに漁船のシルエットだが、甲板に人影は少なく、漁具の気配もない。ただ漂っているだけ。磯風の乗員たちは、戦時中の経験から、そんな船が工作船や敵の斥候である可能性を疑っていた。
「司令、我々から提案しましょう。発光信号で臨検の許可を求めます。」
新谷司令は「それは名案だ」と頷いた。早速通信科の将校が文面の案を作成し、程なく前田艦長と新谷司令に提出される。
「発:第十七駆逐隊司令 新谷喜一 竝 磯風駆逐艦長 前田美穂、宛:第二艦隊司令長官 伊藤整一、本文:不審船接近せり。至急対応を要すと判断し、本艦による臨検を提案する。」
前田艦長と新谷司令は文面を読むと承認の署名をして発信を命じる。
かくして大和へ発光信号が打たれた。
第一遊撃部隊 第一航空戦隊 戦艦大和
磯風からの提案を受けた伊藤整一中将はその提案を容れて第十七駆逐隊司令の磯風に不審船臨検を下令する。
伊藤整一中将からの臨検許可の信号を受け取った磯風は、ただちに主機を微速に落とし、不審船へ向けて緩やかに接近を開始した。
艦橋では前田実穂中佐が冷静に指示を飛ばす。
「端艇降ろし方用意! 臨検隊、至急編成せよ。武装は小銃および拳銃、手榴弾各二個。救命胴衣着用。要員は上甲板に集合。」
先任が復唱し、乗員たちが素早く動き出す。甲板ではすでに臨検用の小銃と拳銃が並べられ、選ばれた水兵たちが防弾チョッキ代わりの厚手の防寒衣を着込み、ヘルメットを被っていた。
前田中佐は双眼鏡を構えながら、通信科に命じた。
「不審船へ通告。発光信号および旗旒信号併用する。内容は『こちら日本海軍駆逐艦磯風。貴船に臨検を行う。直ちに停船し、抵抗するな。応答せよ』。汽笛三短音で注意喚起も併せて行え。」
磯風のマストから旗旒が上がり、信号灯が激しく点滅する。艦首から汽笛が短く三回鳴り響き、海面に反響した。不審船は依然として無反応。漂泊したまま、微動だにしない。
距離が1,200mを切り、1,000mを目前にしたその瞬間――。不審船の船尾甲板から、突然乾いた銃声が連続して響いた。
バババババババババ!
7.62mm四連装機銃が火を噴き、小銃の単発射撃がそれに重なる。さらに、低く鈍い爆発音とともに40mmデイビス砲らしきものが発射され、曳光弾の筋が磯風に向かって伸びた。
「不審船発砲!全員伏せろ!」
艦橋が一瞬にして騒然となる。7.62×54mmR弾が磯風の艦体に雨のように降り注いだ。
艦橋前面のマントレットに弾が叩きつけられ、マントレットを貫いた銃弾による金属を叩く乾いた音が連続する。艦首甲板に跳弾が飛び、第一主砲塔の鋼板に弾痕が刻まれる。第二主砲塔跡に設置された機銃座周辺にも弾が集中した。
前田中佐は即座に叫んだ。
「自衛射撃開始! 機銃、目標不審船! 撃ち方始め!」
磯風の甲板各所に設置された九六式二十五粍単装機銃が一斉に火を噴いた。続いて三連装機銃も加わり、25×163 mmの曳光弾が不審船に向かって一直線に伸びる。
不審船の甲板はたちまち火の海と化した。四連装機銃は数秒で沈黙し、小銃射手たちも次々に斃れていく。40mmデイビス砲は二発目を放ったところで被弾し、砲身が曲がって使用不能となった。
交戦はわずか数分。
不審船の乗員たちは最後の抵抗を試みたが、磯風の火力と射程、照準の優位は圧倒的だった。漂泊状態の不審船に対し、磯風は微速ながら移動しており、的速差が明確にあった。しかも不審船側の射手たちは、水上艦艇の乗員としては信じ難いことに、移動目標への射撃に慣れていなかった。
そして――。
不審船の船体中央から、突然巨大な火柱が上がった。
ドオオオオオン!
凄まじい爆発音とともに船体が二つに裂け、瞬時に轟沈。黒煙と炎が空を覆い、海面に残骸が散乱した。自爆だった。
磯風の被害は、被弾数に比して驚くほど軽微だった。
艦橋周辺(艦橋前の機銃座を含む)に約120発、艦首に約30発、第一主砲塔に約50発、第二主砲塔跡機銃座群周辺に約70発――但し命中したのはすべて7.62×54mmR弾。
負傷者は12名。うち重傷は2名、軽傷10名。死者は出なかった。
その理由は幾重にも重なっていた。
出撃前に徳山沖泊地で行った臨時の防弾措置――マントレットや柔道畳を艦橋や機銃座周囲に積み上げて臨時の防弾としたこと。戦訓に基づいて機銃に防楯を追加装備していたこと。交戦距離が800~1,000mと小銃弾の有効射程ぎりぎり、あるいはそれを越えていたこと。そして何より、磯風側の25mm機銃が不審船を火力で圧倒して敵の反撃を早期に封じたこと。
前田中佐は艦橋で息を吐き、双眼鏡を下ろした。
「……自爆か。漁船の皮をかぶった工作船だったということか。」
先任将校が報告を上げる。
「被害状況確認。死者なし。負傷12名。艦体に目立った損傷なし。主砲・機銃ともに使用可能。」
前田は頷き、大和へ発光信号を送らせた。
「不審船、自爆轟沈。臨検失敗。自衛射撃により撃沈。被害軽微。」
海面には黒い油膜と残骸が広がり、静かに波に揺れていた。
第一遊撃部隊は、この異世界で初めての「戦闘」を経験した。
だが、それは始まりでしかなかった。
第一遊撃部隊 第一航空戦隊 戦艦大和
「長官。電信室からの報告です。例の不審船からの電信を傍受しました。どうやら平文のようですが……」磯風の戦闘終了直後、大和艦長の有賀大佐が伊藤中将に報告する。
「何があった?続けてくれ。」伊藤中将は続きを促す。
「それが……傍受した例の不審船からの電信では“ブレネンデリーベ級巡洋戦艦を中心とする敵艦隊を発見、距離近接のため交戦す。応援を請う”と報告されている模様です。」有賀艦長は傍受した例の不審船からの電信を読み上げる。
「つまり、アレは海軍の水域監視艇だったと?」伊藤中将は訝しみながら例の不審船の正体を考察する。
「その可能性は高そうです。もしかすると、米機動部隊にも報告が届いているかもしれません。」森下参謀長は考察を補助しつつ、目下の脅威に注意を向けさせる。
「それなら何故交戦時に旗を揚げなかったのかが気になるが、それは米機動部隊の空襲を凌いでからでも遅くはあるまいな。」伊藤中将は疑問を浮かべつつも頭を飛来するであろう米機動部隊から放たれる攻撃隊の対処へと切り替えた。
さて、お題2の通り第一遊撃部隊は異世界へと転移してしまいました。
そういえば、米第五艦隊はこの後第一遊撃部隊を完全に失探してしまうことになっちゃいますから、スプルーアンス提督の体調がどうなるか非常に心配ですね。
それにしてもこっちはあんまりルビで遊べないみたいです。
ちなみに国籍不明船舶だの不審船だの例の不審船だの言われている船ですが、元ネタは北朝鮮の工作船長漁3705です。但し作中世界にレーダーが無いのでレーダーは積んでいませんし、戦車が実戦投入されていないので14.5mm連装機銃が7.62mm四連装機銃に、RPG-7が40mmデイビス砲にそれぞれ変更されています。
ちなみに磯風の防弾は九州南西海域工作船事件に参加した巡視船と同等かそれ以下なのですが、第二次世界大戦末期の日本海軍艦艇と巡視船ぢゃあ殺る気が余りにも違い過ぎますし(注:当たり前だが巡視船に殺る気を求めてはいけない)、何より大して引き付けずに交戦が始まったので14.5×114mmよりも弱い12.7×99mmNATO弾相手でも不足していた(なお投射弾量)防弾でも7.62×54mmR弾程度なら殆ど無力化出来たというのが大きいです(あと不審船側は14.5mm連装機銃積んでないのもかなり大きいですね)。




