王太子と公爵令嬢の婚約破棄したのを目の当たりにした辺境伯令息の棚ぼたな話
いきなり婚約者を用意されて喜ぶ辺境伯令息の話を書きたくて
王太子と公爵令嬢との仲があまりよろしくない。
王太子は男爵令嬢に入れ込んでいる。
そんな噂があったから。まあ、いつか来るとは思っていた。だけど、
「ルヴェリアお前との婚約を破棄する!!」
何でそれを卒業式の答辞でするだろうか。
婚約者であった王太子の宣言に合わせて、舞台袖から男爵令嬢が現れて王太子に寄り添う。そこから流れるように言われるありもしないでっち上げの嫌がらせの数々。
来賓の陛下達が青筋を立てて、そっと命令するのが視線の端で見える。と言うか、早々に教師陣が止めろよと言いたいが、止めれないだろうな。あの馬鹿王太子。自分の権力に物を言わせて、苦言を言う者たちを遠ざけていたから。
と言うか、なんであいつに答辞させた。本来は別の人がするはずだったんじゃ、確か成績順で……ああ、首席は男爵子息だったな。脅されて辞退させられたか。
舞台上では陛下達が青筋を立てて居ることも保護者達が呆れたようにこんな王太子に仕える価値があるのかと冷静に判断していることも知らないで空気を読まずにいちゃいちゃしている王太子と男爵令嬢。
そんな二人を応援するように現れる王太子の側近候補――側近候補なら止めろよ。って、入学時点では側近候補だった者達が一部いないで、平民や男爵子息などが混ざっているな……。
そういえば、公爵令嬢はどこだろうと思って視線を動かすと舞台の下で、人込みから抜け出すようにそっと出てくる。
「――婚約破棄了承しました」
了承するのか。
「はっ、言い返さないとは」
「この婚約は王命でしたので王族である殿下が命じたのなら否やはありません。まあ、その後の対応をお願いしますとだけ言っておきますが」
どこか投げやりで告げている公爵令嬢にとっては王太子の婚約者だったことも不本意だったのかもしれない。破棄されてよかったという雰囲気も感じられる。
「まあ、そうだな。それくらいしてやろう。ああ、そうだ。嫁ぎ先も見つからないだろうからな。確か、ヘルドリクス辺境伯令息は嫁いでくれる相手を探しているが見つからなくて困っているそうだ。ルヴェリア・アーシェリー。王命だ。辺境伯令息に嫁げ」
んっ? なんでそこで俺の名前が?
「――了承しました」
何ですんなり了承するの。
「ははっ。ヘルドリクス辺境伯令息と言うのは常に魔の森で防衛をしているからゴリラみたいな男だというではないかいい相手だな」
王太子の言葉に、
「ゴリラみたいな感じだったんだ……」
あんまり客観的に見ていなかったのであそこまで筋骨隆々じゃないと思いたい。あんなに体格が良かったら服一つ探すのも大変だから平均よりも上の程度で維持しているつもりだったのだが。
「ゴリラじゃないと思うけどな……」
隣にいた友人がフォローしてくれる。
「まあ、魔物が常に湧き出る魔窟。神に見捨てられた森と言われている魔の森を領土としている辺境伯の者だからそんなイメージがこびりついているんだよな。実際はそんなことないけど」
別の友人が世間の噂を含めたフォローをしてくれる。
「誰だ。しゃべっているのはっ⁉」
王太子がこちらに気付いて誰何してくる。と言うか陛下が命令を出したのにまだ王太子は舞台の上で堂々としているのも突っ込みたいが。
まずいと青ざめている友人たちを見て、溜息を吐いて人込みを掻き分けて前に出る。
「王太子殿下。ヘルドリクス辺境伯の一子。お噂のされた令息のウォーリー・ヘルドリクスです。この度は私の婚活に協力してくださって誠にありがとうございます」
舞台下から深々と頭を下げて嫌味を混ぜたお礼を述べると、
「嘘っ、イケメン!!」
王太子の傍に控えている男爵令嬢が顔を赤らめて呟くのが聞こえる。
「ルヴェリア・アーシェリー公爵令嬢。いきなり結婚と言われて困惑していると思いますが、私と共に辺境伯領を盛り立ててもらえませんか?」
跪いて求婚をすると、彼女は微笑んで、
「先ほど殿下に了承しましたと伝えましたが、改めて申します。――わたくしこそよろしくお願いします。ウォーリーさま」
差し出した手を取って応えてくれる。
その後前言撤回されても困るからそのまま辺境伯領に二人で戻っていき、その後のごたごたは友人から手紙で報告された。
王太子……いや、元王太子は当然のように廃嫡。男爵令嬢は教会に送られた。
陛下はげっそりといきなり老け込んで玉座を王弟に譲って隠居されたとか。
王太子のおつむの残念さを知っていたから優秀な婚約者と側近を用意したのにそれらをすべて遠ざけた事実を陛下は知らなかったらしい。
それくらい知っておけよと呆れてしまう。
で、友人……元王太子の側近だった友人は王弟のご子息……新たな王太子に自分の側近になってほしいと請われているとか。
見る目がある新王太子だなと感心しつつ、今度妻と共に挨拶をしておこうと思う。辺境伯家は新たな王と王太子に悪い印象はないと位置づけるために。
元王太子は廃嫡撤回を求めるために妻を取り戻そうとしてきたけど、その頃には白い結婚ではなく関係もしっかりしておいたし、命令したのはそちらだと言ってさっさと元王太子を返却したりしたので大変だったが、元王太子が辺境に手を出さなければ何もしない。
まあ、素敵な妻を紹介してくれて感謝しますとだけ一文は添えたけどね。
「どうしました?」
お茶の用意をしながら笑っている自分に声を掛けてくれる妻に、
「なんでもないよ」
と答えて、そっと読んでいた手紙を引き出しに戻したのだった。
公爵令嬢は横暴な王太子から婚約破棄されて内心喜んでいる。