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リモコン

 ガンっ、と物が思いっきり叩きつけられる音がした。

 万年床の中で耳を塞いで胎児のように丸くなる。

 暖かくて、暗くて、嫌なことはぼやけて聞こえない、本物のお母さんのお腹の中のようだ。

 居場所のない私が、世界から姿を消して存在できる唯一の場所。




 ジジッとノイズの入ったラジオの音声が耳につく。昭和って感じの知らない曲だった。

 キョロキョロと周りを見たところ、ここは知らない家の玄関のようだ。ギリギリ足の踏み場はあるが物やゴミが散乱している。

 しかし、電気がついておらず、奥にあるドアの隙間から射し込む光しか光源がないため、うっかりすると何か踏んづけてしまいそうだ。

 なんとなく足音を殺しながらドアに近づいていく。

 段々と呟くような声がラジオの音声とともに聞こえてきて、そこで初めて自分以外にもこの空間に人がいることに気がついた。

 そっとドアを開ける。

 部屋の中央には、こちらに背を向けた高校生くらいの子が猫背気味に佇んでいた。

 呟いている言葉に耳を澄ましてみる。

「クソ……クソ……チキショー……」

「……どうしたんだい?」

 あぁ? とガラの悪い返事をすると、その子はこちらをじとりと見る。

 中性的な顔立ちと声だ。高校生くらいの女の子かと思っていたが、もしかしたら中学生くらいの男の子かもしれない。

「どぉこいったんだよチキショー……」

 こちらの問いには答えずまたぶつぶつと不機嫌そうに呟きながら部屋を徘徊するので、もう一度「どうしたんだい」と尋ねてみると、舌打ちをしながらもこんどは、「リモコンがねぇんだよ、テレビのリモコン!」と答えた。

 テレビのリモコンをなくしたくらいでこんなに怒るものなのだろうか。私にはよく分からない。

 しかし、不機嫌なままでいられて、少なくともいい気持ちはしない。

 私は探すのを手伝うことにした。

 改めて部屋の中を見回すと、ここも随分と物が多い。

 机の上には乱雑に調味料やポット、食べ終わったあとの食器や箸などが置かれているし、本を積み上げたタワーや敷かれたままの布団、テレビ、何かの入った瓶以外にも、とにかくたくさんだ。

 何か面白いものがあるかもしれないと少しワクワクしてきた。

 リモコンを探しながら色々な物を漁ったってバチは当たらないだろうと、とりあえず机の上を改めて見る。

 食器の周りや机の足元には食べ物を落としたりこぼした形跡がある。いったいどんな食べ方をしたらこうなるのだろうか。

 調味料は容器がところどころ汚れていて、七味唐辛子や醤油は複数あったりする。ないと思って買ったら出てきたとかあるなあ、とか、七味は米にかけると美味いんだよなあ、だとか考えながら少し漁ってみたが、リモコンも面白い物も特に見当たらなかった。やけに生活感のある机だった。

 次に、積まれている本の山を見る。

 大きさやジャンルはバラバラのようだが、多かったのは料理の本。それから、「発達障害」についての本もそれなりにあった。

 まだぶつぶつ呟きながら部屋を徘徊しているあの子もそうなのかもしれないなと思った。

 そうでなくとも、あの様子なら対人関係で苦労してきただろう。本人もそうなのだろうがそれよりも周囲の人間が。特に家族なんかは何度も頭を悩ませてきたのだろうか。いや、そうなんだろう。

 ここにもリモコンはなかった。

 パッと目についたところであと探していないのは布団だろうか。

 上から順に掛け布団や枕をひっぺがしていくと、黒い物体が目についた。

 手に取って裏返してみると、ボタンが沢山。これでリモコンでないことはないだろう。

「あったよ」

 猫背の背中に話しかけると、のそのそと歩いてきた。

「なんでそんなとこにあるんだよ!」

 相変わらず怒った様子で怒鳴るように叫ぶ。

「お前が隠したんだろ!」

 一方的な言いがかりに思わず言い返しそうになって口を開いたところでやめた。

 こういう相手に何を言ったって無駄なことはよくわかってるじゃないか。

 ——もっと楽しいことを、幸せなことをしよう。

「魔法かけてあげる」

 さっきと同じようにガラの悪い反応をした相手に、ステッキを取り出して向ける。

 相手は目を見開いたあと、何故か震え始めた。

 魔法が早く見たくてうずうずしているのだろうか。

 ならば期待に応えなければ!

「お人形になあれ」

 ステッキを振りかぶる。

 上手く魔法をかけられた感触があった。

 相手はその場に座り込んで泣き叫んでいるようだ。でもさっきみたいに怒鳴っている感じではない。

 きっと魔法がとても嬉しいんだろう。

「そんなに喜んでもらえて私も嬉しいよ」

 でもまだ魔法の効きが悪いみたいだ。もっと魔法をかけてあげなくちゃ!

 座り込んでしまったので自分も膝立ちになってまたステッキを振り上げる。こんどは両手でしっかりと握る。

「あ、や……」

 何か言おうとしている様だったが気にせず振り下ろした。

 何度も。何度も。

 段々とお洋服が真っ赤なドレスに変わっていく。

 そして、全身が赤に包まれる頃には、目の前の子は動かなくなっていた。

 よかった。ちゃんとお人形に変身できたようだ。

「これで誰も傷つかない。幸せだね。楽しいね」

 私も、とても楽しかった。

 汗をかくほどに熱中してしまっていたらしい。手汗で滑って落としたステッキがからんと鳴った。

 真っ赤なステッキに反射した自分は、目も口も、全部歪めて笑っていた。




 布団から這い出る。

 嫌な声はもう聞こえない。あの人はどこかへ行ったらしい。

 床には壊れたテレビのリモコンが落ちていた。

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