八、顔合わせ 2 ~カーティス視点~
「ああ・・まず。兄上は、グローヴァー公爵家の事業に、一切関与していません」
「はい。それは、存じあげております」
漸く、絞り出すようにひと言目を口にした俺に、エインズワース侯爵令嬢は、慎重な顔で頷いた。
それは、真剣にひとの話を聞く者の目で、俺またひとつ、エインズワース侯爵令嬢を好ましく思う所作を見つけて、嬉しくなってしまう。
いやいや、落ち着け俺。
今は彼女に、どうしてグローヴァー公爵を継ぐのが俺なのかの、説明をしないと。
・・・そうだぞ、俺。
きちんと、明確に、分かり易く。
且つ、そんな面倒事のあるグローヴァー公爵家に嫁ぐのなんて嫌だと言われないよう、説明するんだ。
頑張れ、俺。
まずは、深呼吸・・・・・。
「グローヴァー公爵子息?わたくし共は、グローヴァー公爵家の事業を運営されているのが、グローヴァー公爵であり、グローヴァー公爵子息であられることは、既に知っております。ですが、それは」
「いえ!兄上は、何も。事業に携わっているのは、お・・私です!」
あろうことかエインズワース侯爵令嬢の話を遮り、俺はみっともなくも身を乗り出して事実を訴える。
これまでは、別に誰が手掛けた事業だろうと、その事業が成功し、領が潤えばいいじゃないかと思って来たが、これは違う。
エインズワース侯爵令嬢には、はっきり俺と父が手掛けているのだと知ってほしくて、俺は必死だった。
「あの、いえ。今、わたくしが申し上げたグローヴァー公爵子息は、ご次男の方の方で。つまりは、あなた様です」
「あ・・ああ・・そうでしたか」
俺の剣幕に引き気味になりながらも、はっきりと言ってくれたエインズワース侯爵令嬢にどっと力が抜けて、俺は思わず椅子の背もたれに凭れ込む。
「はい。紛らわしい言い方をしてしまい、申し訳ありません」
「何を言うのですか。エインズワース侯爵令嬢は、何も悪くありません。うちに、息子がふたりいるのが悪いのです」
後から思い返せば、可笑しい言い方以外の何物でもないが、俺は彼女は悪くないと伝えたい一心で、心からそう言った。
父さん、母さん、ごめん。
「ありがとうございます。グローヴァー公爵子息」
そして、そう言って淡く微笑んだ彼女を見て、俺はあることを思いつく。
「ですが、紛らわしいことは事実ですから。お・・私のことは、カーティスと呼んでください。エインズワース侯爵令嬢」
「まあ。よろしいのですか?」
「もちろんです」
初対面で何を言うと、嫌悪の表情で言われなくてよかったと、俺は心からの喜びを感じた。
ああ、いい。
エインズワース侯爵令嬢が、俺の名を呼ぶ。
きっと、凄く可愛い。
「では。わたくしのことは、マーシアとお呼びくださいませ。カーティス様」
「・・・・・・!」
マーシア!
可愛い!
「マーシア。貴女は、本当に可愛いですね」
実際に呼ばれてみれば、それは想像の遥か上を行く喜びを俺に与えてくれ、そのうえ、彼女を名前で呼ぶ栄誉まで与えてくれた。
だからだろう。
油断をして、こう、するっと、慣れた男が女性を口説くような言葉を吐いてしまった。
まずい。
実は軽い男なのかと、思われはしなかっただろうか。
いつもはこんなことないのに、よりによって、彼女相手にどうしてこうなる。
「あ、ああ、いや。今のは、その・・・違うんです」
だから、俺は軽い男ではないと伝えたくて、両手を振り、懸命に言った俺に、エインズワース侯爵令嬢・・マーシアが優しく頷きを返してくれる。
だ、大丈夫だったか?
軽蔑されていないか?
嫌悪はどうだ?
「ふふ。分かっております。わたくし、そう美しくも可愛くもありませんもの」
「なっ!何を言っているんですか!そんなに可愛いのに!」
誤解はされなかったようだと安心しかけ、更に嫌われてはいないかと、マーシアの表情を注視した俺に落とされた爆弾。
可愛い笑顔で『大丈夫ですわ』と言ったマーシアに、俺は、椅子を蹴り倒して立ち上がり、叫んでしまった。
ああ。
詰んだ。