六、夢 ~カーティス視点~
俺、カーティス・グローヴァーの婚約者は、エインズワース侯爵家長女のマーシア。
「そういえば。エインズワース領で、このたび鉄鉱石が出たそうだ。カーティス。お前が探している石だよな?エインズワース侯爵は、かなりの産出量を見込めると言っていた」
父であるグローヴァー公爵がそう言った時、俺は一気に目の前が開ける心持ちがした。
我が領最大の好機が到来したと。
内陸に位置する我がグローヴァー公爵領は、国内有数の穀倉地で、領民もそれなりに豊かな暮らしが出来ているが、如何せん立地が悪い。
広い領地は幾つかの他領と接しているが、そのうちでも一番広い面積を隣り合っているエインズワース領以外は、すべて峻嶮な山で分断されていて、領境は山の頂にあったりもして、穀物を輸送するにも多大な輸送費がかかってしまうのが、代々悩みの種だった。
祖父の時代になって、危険を冒して山を越えずとも、エインズワース家が有する船と海路を使って他領へ運ぶ術を手に入れたが、それとてエインズワース領まで馬車で運ぶ労力が並でなく、作物の値が下がればすぐにも赤字になりかねない、危うい均衡を保っているに過ぎない状態にある。
しかし、それを解消する術はある。
俺は、他国へ留学している時に鉄道というものを知った。
線路を敷き、列車で作物を運ぶことが出来れば、一度の輸送量は各段に増え、しかも早く運ぶことが可能になる。
しかし、悲しいかな。
我が領では、鉄鉱石を産出することは叶わなかった。
石炭は出るので、そもそもの地層が違うのだろうとは思っても、とても諦められるものではなく、どこかで鉄鉱石を入手できないかと、未だその価値が浸透していない自国で探していたところの朗報。
「鉄鉱石。今なら、安価で手に入れることが出来るかもしれませんね」
今、自国にて尤も価値があると言われる石は宝石の類で、鉱石自体が二の次な上、鉄鉱石・・鉄の有用性については貴族でさえ知らない者が多い。
多いというより、ばかりと言った方がいいくらいなので、エインズワース侯爵がその真の価値について知っている可能性も低いと、ならばより安価にての取引、もっと上手くいけば現物・・小麦や作物での取引さえ可能かもしれないと、俺はほくほくと交渉のための資料を整えた。
「グローヴァー公爵子息。我が領は、鉄鉱石を用いて鉄道を敷く計画を立てているのです。この価格では、とてもお譲りできません」
にこにこと称してもいいような、柔和な笑みを湛えたままのエインズワース侯爵にやんわりと拒否された時、俺は恥ずかしさに消えてしまいたい思いがした。
この国で鉄鉱石の評価は低い。
ならば、エインズワース侯爵もそのような価値観を持っているはずと思い込んでいた俺は、自分の考えの浅はかさを身に染みて感じざるを得なかった。
「しかし、グローヴァー公爵子息は、鉄鉱石の価値を正確に把握しているのですね。先見の明がある。たのもしいことです」
柔和さを失うこともなく、若造である俺の思考を嘲笑うこともなく『では、交渉を続けましょうか』と言ったエインズワース侯爵、俺と同じように鉄道の有用性を確信しているエインズワース侯爵に、俺は、父親以外で初めて尊敬の念を抱いた。
だから、交渉成立後、当然のように持ち上がった『縁組によって、両家の絆をより強いものとする』という、いわば政略結婚を両親から持ち掛けられた時も、貴族の義務であるという嫌悪感も諦めも、何も無かった。
むしろ、前向きの気持ちを持ち、明るい気持ちで両親の提案に頷きを返すことが出来た。
あのエインズワース侯爵を義父と呼べるなら、その娘が多少我儘であろうと愚かであろうと受け入れると、そんな傲慢な考えさえ持って、俺はエインズワース侯爵令嬢との顔合わせに臨んだのである。