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四、昔のこと







「マーシアが・・君が知らないことで、マーシアという名と、髪と瞳が紫ということで兄上が反応する理由を、我が家が知っていることがあるには、ある・・けど。もう本当に前のことで。今、兄上はその彼女の母上と交際中なんだが」


 心当たりがあるにはあるがと、首を捻るカーティスに、マーシアはずいと顔を寄せた。


「じれったいわね。ともかく、そちらの状況としては、マーシアという名前で、髪と瞳が紫というだけで、貴方のお兄様と結婚してしかるべきって理由になる根拠があるというの?意味分からないんだけど」


 ぴくりと眉を跳ね上げて<そちら>と言い切るマーシアには、場合によってはグローヴァー公爵家ごと相手どってもという気概が感じられ、カーティスは慌てて首を横に振る。


「そうじゃない。勘違いしないでくれ、マーシア。我が家にあるんじゃなくて、兄上にあるんだ。いや、それも普通では考えられないことなんだが」


「貴方のお兄様理論では、まかり通ってしまうということね?」


「正解」


 若干、遠い目になりかけたカーティスだが、気を取り直すように首を振り、気合を入れるように小さく息を吐くと、改めて胡乱な目をしているマーシアと向き合った。


「きちんと、最初から説明する。まず、兄上は今から十年以上前、マーシア・フリントという、男爵令嬢と恋仲だった。この、フリント男爵令嬢が、紫の髪に紫の瞳の持ち主」


「なるほど。貴方のお兄様にとって忘れられない初恋のひとが、私と同じ名で、同じ髪の色、瞳の色だったというわけね」


 それほどの偶然は、まあそれほどないかと、マーシアは自分の、珍しいと言われる紫の髪と瞳を思う。


「まあ、それだけだったら、公爵家と男爵家で身分が、なんて話だけで済むんだけど。ここからが問題。当時学園に通っていた彼女は、兄上だけでなく、第三王子殿下を含む男子学生複数と関係を持っていた。相手は、上位貴族ばかりだったから、男爵令嬢が上位貴族の夫人になろうとしていると、当時の学園では知らない者がいないくらい有名だったらしい」


「上位貴族ばかり相手に、複数。第三王子殿下とも関係を持っておいて、凄いわね。そもそも、貴族令嬢としての慎みも道徳も、何もないじゃない。誰も、何も言わなかったの?その、付き合っている男性たちも?」


 マーシアの問いに、カーティスは苦い顔になる。


「まあ、そういう令嬢だからね。後腐れないし、って、欲の発散のために相手をしていた令息も居たらしい」


「それじゃあ、フリント男爵令嬢は、遊ばれているのが、分からなかったということね。不憫でもあるということかしら?」


 同じ貴族という括りにいても、上位貴族と下位貴族では、その扱いも財力も違うことが多く、下位貴族は貴族という名だけで、平民と変わらない生活を余儀なくされている家もあると聞いているマーシアは、生活向上のひとつの手段として、結婚相手に上位貴族を望んだのかもしれないと考えた。


「不憫、って性格では無かったようだよ、マーシア。婚約者が居る令息だろうと、お構いなしに誘っていたっていうんだから。それにね。何と言っても、君のように自分で努力して道を切り開こうという人では無かったと聞いている。夫となる人物の、その家の財力に全力で乗っかろうとする人だったと、母上が、それはもう苦い顔で言っていた記憶がある」


「まあ。グローヴァー公爵夫人も、お会いになったことがおありなの?」


 そわそわとしたマーシアの問いに、カーティスは苦笑して頷きを返す。


「そんな風に、令息たちに弄ばれている女性だったけど、兄上は本気だったようでね。母上に『一度も会わずに、噂だけで判断しないでほしい』と言ったそうなんだ。で、一度、会ってみたらしい」


「それで?グローヴァー公爵夫人は、どのようにお感じになったの?」


 自分も、グローヴァー公爵夫人からすれば、フリント男爵令嬢と同じ立場だろうと、マーシアはその答えを急く。


「噂通り。いや、それ以上に酷かったと言っていた。それでも兄上は、フリント男爵令嬢のことを至上の女神だと言っていた、のは俺も覚えているな」


「至上の女神とは、凄いわね。じゃあ、カーティスのお兄様は、諦め切れなかったんじゃないの?それに、グローヴァー公爵家なら、上位貴族狙いのフリント男爵令嬢にとっても不足は無かったんじゃない?」


 グローヴァー公爵家は、その家柄だけでなく、財力も国内有数であるので、フリント男爵令嬢のお眼鏡にかなっただろうと、マーシアは思った。


「いや、それが。フリント男爵令嬢は、学園を卒業する前に身籠っていることが判明して。その子供の父親は、第三王子殿下だとして、王家に迫ったんだそうだ。自分を、第三王子殿下の妃としろ、とね」


「え。凄いわね。だって、複数の男性と関係があったのよね?それとも何か、第三王子殿下が父親だって分かる、確かな根拠があったとか?そうね、日を空けていたから、その日にち的に、とか?」


「ああ、いや。フリント男爵令嬢は、一日のうちにも、複数人と関係していたらしいから」


「え」


「それは、男性側の証言で確認されている・・・ごめん、こんな話。驚くよな」


 固まってしまったマーシアを見て、流石に婚姻前の令嬢にする話ではなかったかと、カーティスはマーシアの顔を覗き込んだ。


「・・・そうね。思っていたより、衝撃的だけど、それを知らないと今後の対処も出来ないでしょうから・・・聞くわ。話してくれる?」


「もちろん。でも、無理はするなよ?気分が悪くなったら、すぐに言ってくれ」


「分かったわ」


 こくりと頷くマーシアを見て、カーティスが再び口を開く。


「お腹の子供は、第三王子殿下のお子だと言い切るフリント男爵令嬢に対し、第三王子殿下は、自分が子供の父親である可能性は、十何人中のひとりだと断言した。そして、調査の結果、第三王子殿下の発言が正しいことが証明された」


「十何人・・・・」


呆然と呟くマーシアの手を、カーティスはしっかりと握る。


「うん。学生の子息だけでは無かったんだよ。まあ、それでも第三王子殿下のお子ではないという事にはならないからね。フリント男爵令嬢は、絶対に第三王子殿下のお子だと言い続け、王家は我が身を汚しておきながら捨てる気だと、新聞社などに訴え、新聞社としても、面白おかしくそれを記事とした」


「そんな記事が?というか、そんなこと出来るの?新聞社としてどうなのよ。王家を敵に回すなんて」


「うん。そうだね。でも、事実かどうかはどうでもいい。売れればいいという、そういう新聞、あるだろ?」


「ああ・・・あるわね」


 確かに、貴族の醜聞を楽しむ平民向けの新聞というものが、この世には存在する。


 そしてそれが、平民の貴族への不満を和らげていることも、マーシアは了解していた。



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