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二十二、負の遺産

 






「ことの起こりは、クリフォード第三王子殿下・・今のファーロウ大公閣下が貴族学園にご入学された折、共に入学した者のなかに、元フリント男爵令嬢がいたことです」


 『まあ、尤も。この騒ぎの発端というだけであって、元フリント男爵令嬢は入学前から随分派手にしていたようですが』と、神殿長は、こともなげに言い切った。


「元フリント男爵令嬢も、ファーロウ大公閣下と同年のお生まれなのですね」


 『同年で、学園入学が出会い』と、マーシアは記録をとるように心に書き付ける。


「そうです。そして同じ年、モーリス・グローヴァー公爵子息も、ご入学なさいました」


 その言葉に、マーシアもカーティスも、確かにモーリス・グローヴァーも確かに同じ年だと頷いた。




 そこからの話は、(おおむ)ねマーシアがカーティスより聞いた通りだった。


 貴族学園在学中に、元フリント男爵令嬢は数多の男子学生と関係を持ち、市井の平民とも関係を持ちと、精力的に、積極的に動いていたこと。


 学園の卒業を前に身籠っていることが発覚し、クリフォード第三王子・・ファーロウ大公閣下の子だとして、自身を正式な妃として迎えるよう、第三王子と王家に対し脅迫じみた行いをしたこと。


 そして、その要求を突っぱねた王家に対し、自分は第三王子に弄ばれて捨てられたとして、市井のゴシップ紙に訴え、結果として、それはもう王家や貴族の醜聞で鬱憤を晴らすに相応しい面白可笑しく書かれた記事となって、平民の間で流行してしまったこと。


「恐らく、元フリント男爵令嬢は平民にも知らしめる手段として、ゴシップ紙を利用したのでしょうが・・それが却って、自身の首を絞めることになりました」


 元フリント男爵令嬢の狙いは、市井・・平民を味方に付けてクリフォード王子の正式な妃となることだったが、それを機に、クリフォード王子は動き出したと、神殿長は淡々と語った。


「クリフォード王子殿下は、元フリント男爵令嬢の腹の子が己の子である確率について、ほぼゼロであるという、誰もが納得するような、とても明確な証拠をお出しになりました。それに焦ったのでしょう。フリント男爵令嬢は『王子殿下の子というのは、勘違いだった。実は公爵家の』と言い訳を始めました。それに対し、公爵子息もクリフォード王子殿下と同様の証拠で対応。するとまた今度は、と、次々、高位貴族のご子息の名を述べられましたが、皆様、ご自身の子である確率は低いという証明に成功なさいました」


 全員、元フリント男爵令嬢と接触した日にちを明記しており、行為の際には、自身と相手への避妊も徹底していたということ、そして、妊娠したと思われる少し前から、そもそもそのような接触が無かったことも判明したのだと、神殿長は静かに告げる。


「その時期は、忙しくて、それどころではなかったでしょうね・・・普通の、貴族子息ならば、ですが」


 どこか遠い目になって言うカーティスに、マーシアは『このひとの兄君は、普通の貴族子息の思想を持っていないのだった』と、モーリス・グローヴァーに怒りさえ覚えた。




 カーティスにばかり苦労をさせて。


 本当に、いい御身分よね・・・って、あら?


 公爵子息って、カーティスじゃない方のグローヴァー公爵子息じゃないの?




「あの、神殿長。それでいくと、兄は、かなりはじめの方に名指しされたのではと思うのですが。ファーロウ大公閣下より、高位貴族では兄だけ避妊も証明するものも無かったと伺いました。それに、あの兄なら、喜んで自分の子としたのではと思うのですが」


 マーシアは心のなかで疑問符を浮かべ、カーティスはそんな問いを口にする。


「おふたりとも、不思議そうなお顔ですね。まずは、エインズワース侯爵令嬢の問いに、お答えしましょうか」


「っ・・・おそれいります」


 表情に出てしまったかと焦るマーシアに、神殿長はにこりと笑いかけた。


「当時の学園には、高位貴族が多くいたのです。それに、他国からの留学生も多かったと聞きます。恐らくは、第三王子殿下の側近や婚約者など、その繋がりを求めてのことでしょう」


「言われてみれば、そうなりますよね。すみません。わたくしの年代には、さほどいないものですから」


 既に卒業単位を取得済みの学園の生徒を思い、マーシアは納得と頷きを返す。




 そっか。


 私たちの代には、同じ年ごろの王族がいないから。




「学園か。俺も、マーシアと共に通いたかった」


 ぽつりと言ったカーティスは、他国の留学で必須単位を収め、試験をクリアすることで、自国の貴族学園も卒業と同等の資格を得ている。


 それはすべて、兄モーリスの悪影響が原因なのだが、カーティスは外国で学ぶことを楽しんでおり、自国の貴族学園の資格も得たことから、大して問題にしていなかった。


 だが、マーシアと共に学園に通う機会、更にいえば、そのもっと前。


 自国での貴族との付き合い、領同士の付き合いも出来なかったのだと、改めて恨みたい気持ちになった。


「複雑なご心境のところすみませんが、続きを話してもよろしいでしょうか」


「これは、失礼しました。お願いします」


 神殿長の言葉に、一気にきりりとなったカーティスは、座り直すと再び耳を傾ける。


「元フリント男爵令嬢は、モーリス・グローヴァー公爵子息について、名指しすることはありませんでした」


「それは、王家が先んじて我が家に情報提供し、動いた結果ということでしょうか」


 王家と自分の家の繋がりを思えば、不自然なことではないと、カーティスは頷いた。


「グローヴァー公爵家が、情報を得ていたかどうか、私は存じませんが。ただ、その頃既に、グローヴァー公爵家を継ぐのは、年齢が離れたご次男だと噂になっていましたので、それでだと囁かれました。尤も、モーリス・グローヴァー公爵子息は、ご自身の本気を訴えていらっしゃいましたが」


 苦笑する神殿長に、マーシアもカーティスも頬が引き攣る。


 何故、そこまでの騒ぎに自ら首を突っ込みに行くのか。


「カーティスのご両親が、カーティスを長く留学させて、貴族学園にも通わせなかったのは、英断なんじゃないかしら。だって、絶対、しなくてもいい苦労をしたわよ」


「俺も、そう思う」


 ため息を吐き、カーティスとマーシアは、深く頷き合った。




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