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十八、必要は発明の母







「・・・わあ。これも、おいしい」


「お気に召したようで、何より」


 ロドニーの所で少々やりあってしまったふたりだったが、ロドニーは『ここで見せつけんなよ』とけらけら笑うばかりで深刻な空気にもならず、マーシアとカーティスも『見せつけているつもりは無い』と言ったところ、タイミングもぴったり、イントネーションもぴったりで益々ロドニーに揶揄われる結果となった。


 そして、移動して来たのは、とある飲食店。


 ここは、酒をメインにした小洒落た店で、最近、貴族層にも人気が高い。


 酒をメインにといっても、軽く食事も出来るようになっているし、アルコールを避けたいひと用にジュースの類も充実していると評判で、マーシアは一度来たいと思っていた。


「アルコールを提供するお店というと、どうしても騎士の人たちが集うような店を想像してしまっていたけど。こういう発想もあったのね」


 この店で提供される食事や酒は、それなりの価格ということもあり、装いもある程度のものを要求される。


 そのため、今も店内で飲食を楽しんでいるのは、貴族や裕福な平民ばかりだった。


「お褒めにあずかり、光栄にございます」


「本当に凄いわ」


 おどけて言うカーティスに、マーシアは真顔で答える。


 この店は、カーティスが主体となってグローヴァー公爵家が運営しており、その発想と手腕は、マーシアが結婚相手を求める際、とても魅力的に映った。


「マーシアだって、事業展開しているじゃないか。貴族はみんな、君の所の化粧品を使っていると言われるくらい」


「ああ。あれは、必要に迫られて、よ。ほら、言うでしょう?必要は、発明の母って」


 どこか遠くを見るような、うんざりしたような目になって、マーシアは干した無花果(いちじく)をつまむ。


「必要に迫られて?化粧品を?」


 不可解な顔になったカーティスは、マーシアのグラスが空きそうなのを見て、メニュウを渡しながらそう問うた。


「あら、ありがと・・・そうなの。必要に迫られたのよ・・うーん、どうしようかな。どれも美味しそうなのよね」


 どれも美味しそうゆえに、どれも選べないとマーシアが唸る。


「もう少し、何か食べられる?」


「食べられるわ。私、大食漢なの」


 これまで食したのは、チーズにナッツを和えたものや、生ハムのサラダ。


 そして、干した無花果。


 クラッカーや薄切りのパンがあったとはいえ、未だ未だ食べられるし、飲めると、マーシアはおどけて見せた。


「じゃあ、俺のお薦め。ずばり、肉の盛り合わせと赤ワイン」


「わあ。おいしそう」


「じゃあ、それにしよう。この赤に合う、チーズもあるんだ。それも一緒に」


 注文しようと手を挙げるカーティスの傍に、給仕が素早くやって来る。


「待って、カーティス。お肉の盛り合わせなんだけど」


「大丈夫だよ。食べ切れなくても、俺が居るんだから」


 焦ったように言うマーシアに、カーティスが笑いながら言うも、マーシアは真剣な顔で首を横に振った。


「違うの。そうじゃなくて。私、本当に食いしん坊だから。カーティスの分も食べてしまうかもしれないの」


「なんだ、そんなこと。別にいいよ。もっと欲しかったら、追加すればいい」


 簡単なことだと言って給仕に注文を告げるカーティスを、マーシアは好ましい目で見つめる。




 貴族令嬢のくせにって、本当に言わないんだもの。


 すっごく、心地いい。


 


「マーシアは、普段よく動いているんだから、ちゃんと食べないと駄目だよ・・・ところで。必要に迫られて化粧品を開発するって、どういうこと?俺達が生まれた時には、もう化粧品はあったよね?」


「あったわよ。その化粧品が、問題だったの」


 ため息を吐くように言って、マーシアは水を飲んだ。


「私ね、初めて外のお茶会に行ったのって、五歳の時だったんだけど」


「う?うん」


 急に変わった話題に戸惑いつつも、何か関連があるのだろうと、カーティスは頷きを返す。


「すっごく楽しみだったの。香りのいい紅茶やお菓子、それはとても楽しいだろうって」


「五歳のマーシアか。可愛かっただろうな。ドレスは?どんなドレスだった?」


 自分もそこに居合わせたかったと、カーティスはせめてと、その日のマーシアの装いを聞いた。


「淡い黄色のシフォンドレス。大きなりぼんを、後ろで結ぶの。ふふ。子供らしいデザインよね」


「可愛かったんだろうな」


 想像するだけで可愛いと言うカーティスに、マーシアはふふと笑い返す。


「可愛いかどうかは置いておいて、とてもときめいていたの。それなのに」


「それなのに?」


「同じテーブルになった子が、ものすごっく、化粧臭くて。紅茶の香りも何もあったものじゃなかったの」


 『あれは、冗談抜きで鼻が曲がるかと思ったし、気持ち悪くもなった』と、マーシアは、やれやれというように首を左右に振った。


「化粧臭いって。マーシアより年上のひとだったのか?」


「同じ年の子よ。その子も張り切ったんでしょうね。香油の匂いに、おしろいの匂い。極め付きには、ひと瓶被ったのかというくらいの香水の匂い。あれは、凄かったわ」


 物凄く衝撃なお茶会デビュウだったと、マーシアはしみじみ過去を思い出す。


「そうか。それで」


「帰ってすぐ、お母様に訴えて、それで開発することになったのよ・・・わあ。おいしそう」


 『まあ、付け過ぎれば凄い匂いの発生源になるけど』と笑ったマーシアは、運ばれて来た肉の盛り合わせに目を輝かせた。






「・・・とっても、おいしかったわ。ごちそうさま」


「マーシアが、気に入ってくれてよかった。また今度」


「マーシア!僕という婚約者がありながら!不貞を働くとは何事だ!」


 食事を終えて席を立ち、揃って余韻に浸っていたふたりは、店を出た途端、そう言って叫ぶ迷惑男・・使えないグローヴァー家の長男モーリスに絡まれた。



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