十四、格好つかない
「・・・ファーロウ大公閣下って、愛妻家なのね」
「ああ。加えて、子煩悩だったな」
ファーロウ大公邸を後に、グローヴァー公爵家の馬車に乗り込んだマーシアとカーティスは、見てはならないものを見てしまったかのように、そう言ってまじまじと互いを見つめた。
「予想に反して、豪放磊落な方だったし」
「予想?マーシアは、どんな予想をしていたんだ?」
問われ、カーティスの兄であるモーリスに対する感情が、まったくいいものではないマーシアは、正直に言っていいものかと悩むも、カーティスの率直な心情を知るにもいいかと正直に口にする。
「軟弱そうで、陰湿そうなうえ、居丈高。弱い犬ほどよく吠える系の、小者感あふれる男性」
「・・・・それ、つまり兄上はそういうタイプってこと?」
「うん」
それでも『カーティスじゃない方のグローヴァー公爵子息と、同類だと思ったから』という言葉は、心のなかで言ってから音にしたのだが、即座にマーシアの言いたいことを悟ったカーティスが、そういうことかと言うのに対し、マーシアはその瞳の揺らぎ、小さな嫌悪さえ見逃さないつもりで見つめながら頷いた。
「はあ。両親が、君を気に入るわけだ」
「どういう意味?」
思ってもみないカーティスの反応に、マーシアは思わず身を乗り出す。
「そのままだよ。『マーシアなら、カーティスと共にグローヴァー公爵家を盛り立てて行ってくれる』って、嬉しそうだからね。マーシアとの縁談だって、最初から両親は乗り気だったし」
『最初から両親は』と、思わせぶりな言葉を吐き、ちらりとマーシアの反応を窺ったカーティスの目が、即座に沈む。
「そうなのね。公爵夫妻がそうおっしゃってくださるなんて、凄く嬉しい。それも、最初からなんて。ありがとう、カーティス。素敵なことを教えてくれて」
マーシアの瞳はきらきらと輝き、一点の曇りもない。
「そんなに、嬉しい?」
「嬉しいわよ。グローヴァー公爵夫妻といえば、領地経営に関しても、事業展開に関しても見事だと有名だもの。そんなおふたりに認めてもらえるなんて。私、頑張るわ」
「俺も、頑張るよ」
軽く拳を握って言うマーシアに、カーティスも決意を込めて頷いた。
そんなカーティスに、マーシアも微笑み返すが、カーティスが真に望んだのは、こんな会話ではない。
カーティスが『最初から両親は』と言った言葉に『じゃあ、カーティスは?』とマーシアが落ち着かない視線をカーティスに向け『今は、俺だって乗り気だよ。むしろ、両親以上に』と答え、マーシアの心からの笑みを引き出す。
そんな予定でいたのにと、カーティスは、自らが思わせぶりな言葉を吐いておきながら、己が消化不良に陥るという、いわゆる自業自得の状態になった。
「そういえば。ファーロウ大公のお話と、カーティスから聞いたお話は共通していたけど。カーティスじゃない方のグローヴァー公爵子息の話って、随分違うわよね」
それも、使えない長男の思い込みなのかと、首を傾げて言うマーシアに、これ以上失態は重ねまいと、カーティスは何とか立ち直り、気合を入れるかのように座り直す。
「ああ。兄上は、まるで対等の恋敵のようにファーロウ大公閣下のことを話していたが、ファーロウ大公閣下の方は、フリント男爵令嬢は遊び女で、兄上は友人でも何でもないと、言い切っていらしたな。確かに、あの方と兄上は合わないだろうが」
自身の兄モーリスと、先ほどまで会っていたファーロウ大公が、和やかにしろ喧嘩腰にしろ、対等に会話をしている場面というものが思い浮かばず、カーティスは遠い目になった。
「そうね。大公妃様のことは、婚約時代から本当に大切にされていたようだものね。まあ。大公妃様が大切で、だからこそ、フリント男爵令嬢の存在は、都合よく便利だった、みたいな発言には驚いたけど」
やはり、そこは少し引っかかると、マーシアは自身が女性だからかとカーティスを見た。
「そうだな・・そこは、理解できる。愛しいと劣情は・・・っ!いやいや、マーシア!俺は、そんなことしないから!」
愛しいと思えば、抱きたいという欲が湧くのはよく分かると、ごく自然に言いかけたカーティスは、マーシアの細められた目に気付いて慌てて自身の潔白を訴える。
「慌てるなんて、怪しいわね」
「怪しくない!俺は、マーシアを裏切るような真似はしない!」
「ふうん」
「本当だ。今までもこれからも、無い!疑うなら、マーシアが自分で確認し続ければいい」
言外に、ずっと一緒に居ればいいと言い、カーティスはマーシアの目をじっと見つめる。
「そんなに慌てなくても。私、お飾りになんて黙ってされるタイプじゃないわよ。まあ、重婚は認められていないから、私と結婚すれば、カーティスは愛妾しか持てなくな」
「要らないから!愛妾なんて絶対持たないし、マーシアをお飾りにすることも無い!俺の次に公爵家を継ぐのは、俺とマーシアの子だ!・・・・いてっ!」
思い切り叫び、立ち上がったカーティスは、思い切り馬車の天井に頭を打ち、すさまじい勢いで椅子に逆戻りした。
長身であるがゆえの、大きな被害であった。




