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十三、齟齬







「閣下。我が婚約者が、どうかいたしましたでしょうか」


 不躾に、楽し気に王家特有の金色の瞳に見つめられ、男勝りを自負するマーシアも流石にかちこちに固まっていると、カーティスが助け船を出すように声をかけた。


 否、最大努力しているのであろうにもかかわらず、その顔には不機嫌が滲んでいるので、そういうことかと、ファーロウ大公は更に機嫌よくふたりを見やる。


「ああ。済まぬな。確かにあの遊び女(あそびめ)と同じ色だが、余りに凛として美しいので、その違いに見入ってしまった」


「遊び女、でございますか?」


 思わず声を出したマーシアに、ファーロウ大公が真顔で頷く。


「ああ。そなたも知っているであろう?例の、花畑の方のグローヴァー公爵子息が入れあげていた女だ。自らあちらこちらの男に声をかけ、既婚未婚問わず足を開いていたので、俺達はそう呼んでいた」


 その、余りに当然と言わぬばかりの声音に、マーシアはふるりと身を震わせた。




 遊び女(あそびめ)と言われる行動をする彼女も凄いけど、そういった女性を、閣下たちは、そう呼びながら普通に受け入れていたということよね?


 それも、どうかと思うけど。


 というか、何か受け入れがたい。


 私への態度から、特に女性蔑視をしているわけでは、なさそうだけど。




「畏れながら。そのように仰るということは。閣下は、その女性に本気では無かったということでしょうか?」


「何を当たり前のことを。当然だろう。当時、既に私は、正妃と婚約していたのだから」


 兄モーリスの発言。


 ファーロウ大公とはひとりの女性を争った仲、という言葉を信じるのであれば、至極当たり前と思われる疑問を口にしたカーティスに、ファーロウ大公は憮然として答えた。


 その態度には、フリント男爵令嬢への思慕など微塵も感じられず、マーシアもカーティスも、聞いた話との余りの違いに思考を停止しかける。


「何をそんなに驚く。言っておくが、俺だけではないぞ?周りは皆、そうだった。大体にして、婚約している者ばかりだったからな。婚姻までは、貴族令嬢としての尊厳でもある婚約者の純潔は守りたい。大切に慈しみたい。だが、欲はある。婚約者を愛しいと思えば思うほどに、募っていく欲。それでも、婚約者にはぶつけたくない。そんなことをして、亀裂を入れたくない。嫌われたくない。だが・・と、まあ永遠に続きそうな、そんな苦しみを、金で解決してくれる。遊び女の存在は、男にとって必要不可欠なのだと言い合ったものだ」


 ファーロウ大公の話を聞き、マーシアは思わず瞬きしてしまう。


 


 お金で解決してくれる?


 それって、本当にそれを生業としている女性の話なのではないの?


 だって、そのフリント男爵令嬢も貴族女性なのに。




「閣下。それはつまり。対価を支払っての関係ということですか?」


 そこまでかと、マーシア同様驚いたらしいカーティスの声が、少々上ずっている。


 「もちろんだ。そのような禍根を残すような、ただ食いなどはしておらぬ。関係をはっきりさせるため、度ごと、相場と思われる対価を金子(きんす)で支払っていた。もちろん、その場でな」


 本当に娼館を利用していたかのように話すファーロウ大公に、マーシアはふと、フリント男爵令嬢の本当の目的と思われることをどう思っていたのか、聞きたくなった。


「ファーロウ大公閣下。不敬を承知でお尋ねいたします。フリント男爵令嬢は、高位貴族の夫人の座を狙っていたのではと推察していたのですが。そういった言動は、無かったのでしょうか?」


「遊び女が閨で何をねだろうと、本気にする者などおらぬ。対価に宝飾を強請られることや、王宮へ招待しろなどの要求もあったが、そのような誤解を招く行為など、するはずもない」


 その言葉に、一貫してフリント男爵令嬢は遊び女として扱われていたと知って、マーシアは何とも複雑な気持ちになる。




 本人は、知らなかったのかしら。


 いつかは、このなかの誰かが正妻にしてくれると思っていたとか?


 でも、お金をもらっているのよね。


 それも、複数のひとを相手に。




「だが、グローヴァーの長男だけは違ったようだな。あの遊び女が俺の子を身籠ったなどと言い出した際に分かったことだが、貴族のなかでひとりだけ、避妊しておらず、まぐわった日も記録していなかった。『愛で結ばれた者同士の行為なのだがら、そのようなもの不要』と宣っておったな。責任も取れない状況で身籠らせることの、何が愛なのだか」


 くつくつと笑うファーロウ大公は、モーリスを小馬鹿にした様子を隠す気配も無い。


「兄は、その女性に本気だったようです」


「で、あろうな。でなければ、あれほど俺に食ってかかったりしないだろうからな」


「申し訳ありません」


 『食ってかかる』など、一体大公・・当時の第三王子に向かって何をしたのだ、言ったのだと、カーティスとマーシアは揃って頭を下げた。


「その方らが謝る必要は無い。むしろ、その方らのことは気に入った。あの花畑男が継がぬのなら、グローヴァー公爵家とも縁を結べればと考えていたこともある。これからは、よろしく頼む」


「こちらこそ、よろしくお願いいたします」


 またもカーティスと共に頭を下げたマーシアを、ファーロウ大公はおかしみの籠った目で見る。


「エインズワース侯爵令嬢。安心するがいい。俺は、レイモンド兄上とも仲がいい」


「おそれいります」


 元第二王子レイモンドは、現アドラム大公として、国の中枢を務めており、マーシアの父は彼の側近なのだから、彼の言葉は当然なのかもしれないが、マーシアとしては有難かった。


 これは遠まわしに、アドラム大公とも連絡を取ってくれるということだと、マーシアは深く礼をする。


「美しい所作だな。本当に、あの遊び女とは違う。幾ら同じ色で同じ名だとしても、これほど違うというのに。あの花畑は、そなたにも不快な言葉を吐いたのではないか?」


「はい。マーシアで紫なのだから、自分と婚姻してしかるべきと仰っていました」


「兄は今、元フリント男爵夫人と懇意にしておりまして、ふたりで、そのように我が婚約者を貶めたようにございます」


 やや控えめに言ったマーシアの言葉を継ぎ、カーティスが訴えるようにファーロウ大公に告げた。


「そなたは、本当に婚約者が大切なのだな」


「当然です。ですが私は、兄とそのフリント男爵令嬢について、それほど教えられていないのではと気づきました。閣下。教えていただくわけには、まいりませんか?」


 きちんと事実を把握してこそ、マーシアを守ることが出来ると、カーティスはファーロウ大公を見つめる。


 その時、屋敷が騒がしくなった。


「ふむ。妻が戻ったようだ。彼女には聞かせたくないのでな。この話はここまでだ」


 言い切り、ファーロウ大公は侍従に言いつけて、便箋を持ってこさせる。


「カーティス。これを持って中央神殿へ行け。そこに、花畑男の本気がある」


 意味深に言って、ファーロウ大公はカーティスに封蝋を施した手紙を渡した。

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