十二、噂の元第三王子
「さ、楽にしてくれ・・・と言っても難しいか。グローヴァー公爵家とは長きに渡って距離を置いて来た俺が、突然自邸に招くなど、さぞ驚いただろう。だが、取って食ろうたりはせぬゆえ、安心してくれ」
そして、呼び出し・・もとい招待された当日。
マーシアとカーティスを席に着かせたファーロウ大公は、そう言って豪快に笑った。
え。
なに、この豪放磊落な感じ。
何か、想像していたひとと違う。
あの使えない長男モーリスと、ひとりの女性を巡って争ったと聞き、何となく、使えない長男モーリスと同じような性質の男。
軟弱そうで、陰湿そうなうえ、居丈高。
弱い犬ほどよく吠える系の、小者感あふれる男性を想像していたマーシアは、ファーロウ大公の、使えない長男モーリスと同年とは思えない、溌剌とした笑顔に圧倒されてしまう。
「俺はな。グローヴァー公爵家に思う所は何もない。ただ、あの長男を避けたかっただけだ。許せよ」
「兄を、でございますか。そういえば、兄もそのように申しておりました。恐らくは自分が原因であろうと」
やはり、兄モーリスの予想通り、互いに同じ女性を争った仲だからなのかと頷きを返したカーティスに、ファーロウ大公はにやりとした笑みを浮かべた。
「ああ。それについても、聞き及んでいる。俺がグローヴァー公爵家を避ける理由とは、相違があるがな」
「と、仰いますと?」
戸惑い気味に答えるカーティスの隣で、好奇心が表に出ないよう、神妙な顔を作りつつ、マーシアも同じ問いを持つ。
カーティスじゃない方のグローヴァー公爵子息・・あの使えない長男がいるからというのが、グローヴァー公爵家を避けていた理由だけど、あの使えない長男が言っている理由とは違う?
それに、この人を食ったような笑み。
あの使えない長男なんて相手にもならないって、言っているような表情をしている。
余裕綽々。
やり手と噂されるだけのことはありそうね。
「因みにだが。グローヴァー公爵子息。君の兄君は、俺がグローヴァー公爵家を避ける理由を、何と言っていた?不敬と言わぬから、直截に答えよ」
あの使えない長男モーリスとは、根本的に違いそうだと思うマーシアの前で、ファーロウ大公が、カーティスに問いかける。
自分が聞き及んだ話と同じか確認するためにと、口元を緩ませるその表情は明らかに楽しんでいて、まるで少年のようだと、マーシアはその輝く金色の瞳を見つめた。
「畏れながら・・・閣下とひとりの女性を争ったゆえ、と」
「笑止」
偽りを言うわけにもいかず、正直に答えたカーティスに、ファーロウ大公はそう言って自身の膝を叩いた。
『笑止』ねえ。
顔で分かるわよ。
『聞き及んでいた話と同じだが、そんな訳ないだろう』ってことね。
それを笑止のひと言で、言い表す。
これも、人生勉強かしら。
「グローヴァー公爵子息」
遠い目になって、マーシアが己の経験値について考えていると、ファーロウ大公が、楽し気に笑いながらその呼び名を口にする。
「はい」
「ああ、いや。兄の方のグローヴァー公爵子息だ。あれのことは、ずっとそう呼んで来たからな。しかし、紛らわしい。さて、どうしたものか」
ふむ、と考え込んだファーロウ大公は、やがて何かを決めたようにカーティスを見た。
「閣下?」
何を言われるのかと、不安をその瞳に宿し、カーティスはファーロウ大公を見つめ返す。
「今、この時より。そなたを、名で呼んでも構わぬか?カーティス、と」
「もちろんにございます、閣下」
大公に、家名ではなく、名で呼ばれる。
その事実を前に、緊張気味に答えるカーティスを、ファーロウ大公は満足そうに見つめた。
「そなたは、俺と同級のグローヴァー公爵子息とは随分違うな。あやつは、俺を勝手に友人扱いして鬱陶しかったが」
「それは。兄が、申し訳ありません」
「まあ、色々あったわ。初めて会ったのは、共に五歳の頃だったのだが・・・まあ、その頃から既に酷かった」
何を思い出したのか、苦笑するというよりは、苦虫を噛み潰したような表情になって、ファーロウ大公は、口直しをするかのようにカップに口を付ける。
「それほど幼い頃に、兄は、ファーロウ大公閣下にお目通りかなっていたのですね」
「まあ、同年の生まれで、王家と公爵家だからな。繋がりがまったくない、今の方がおかしいだろう」
『兄王と、仲違いでもしているならいざ知らず』と、ファーロウ大公は、苦い顔のままにそう言った。
「確かに、そうでございますね」
事実、ファーロウ大公の側近は同年の者達が付いていると、カーティスは今更のように思い出す。
「とにかく俺は、その初対面で『こいつは無い』と見限った。以来、個人的に会ったことは、一度も無いな」
「そうでしたか。それであれば、兄を避ける原因が、兄の言うそれと異なるのも納得がいきます」
腑に落ちたと、大きく頷くカーティスの横で、マーシアも同様の意見を持つ。
はあ、なるほど。
それであの『笑止』で、ちょっと小馬鹿にした表情になるのね。
納得。
・・・あれ?
でもそれじゃあ、カーティスはともかく、どうして公爵夫妻まであの使えない長男の言うことを真に受けていたのかしら?
カーティスや私に、そう言っているだけ?
「しかし、あの男は変わらんな。近頃も、突然手紙を寄こして。『遂に、僕とマーシアの真実の愛が結実する。そなたはそれを、指を咥えて見ているがいい』とか何とか。はじめは、また花畑の戯言かと放っておいたのだが、よほど浮かれているのか、あまりの数が送られて来たのでな。抗議するにも、何か俺に関わりがあっては問題になるかと調べてみたところ。そなたに行き着いたと言うわけだ」
そう言うとファーロウ大公は、マーシアを見て、にやりとした笑みを浮かべた。




