十一、困惑
「というわけで、マーシア。やはり、婚約式をしないか?そうすれば、俺が次期グローヴァー公爵で、君がその夫人だって兄上も理解する」
「もう。話を無理矢理戻すんだから。それだったら、カーティスの次期公爵お披露目をした方がいいじゃない」
「そうだけど。じゃあ、婚約式と次期当主の披露目を一緒にやるとか」
理路整然とマーシアに言われるも、カーティスは尚も食い下がる。
「カーティス。今は、婚約式のことより、ファーロウ大公閣下からのお呼びだしの剣でしょ」
いい加減にしなさいとばかり、腰に両手を当てたマーシアを見て、カーティスも漸く同意した。
「そうだね。婚約式の話は、またにしよう」
そう言いつつ、未だ婚約式を諦めていないカーティスだが、それをここで更に論議して益々マーシアを苛立たせるほど愚かでもない。
彼女を説得する機会は未だあると、素早く気持ちを切り替えた。
「本当に。どうして私たちがファーロウ大公閣下に呼び出されるのかしら。因みに、私の方に思いあたる節があるかといえば、まったく、全然、欠片も無いわ。皆無よ。エインズワース侯爵家としても同様」
「俺も無い。グローヴァー公爵家としても無いと思うんだが・・・。さて。目的は何だろう」
ファーロウ大公家から送られてきた、一枚の美麗な招待状を前に、ふたりして考え込み、困ったように顔を見合わせる
「うーん。大規模な新規事業。鉄鉄鉄鉄道事業のことなら、ちゃんと王家に申請してあるわよね?」
「あるね。他の事業も、手抜かりは無いし」
マーシアの生家、エインズワース侯爵家と、カーティスの生家、グローヴァー公爵家は、ふたりの婚約を機に、様々新たな事業提携を展開しているが、そのすべてにおいて規定の届を提出済且つ承認済みであり、王家に何ら疑問を抱かれるようなこともない筈と、ふたりは首を傾げる。
「両親抜きで、俺達だけっていうのが、肝であり、謎でもあるな。個人的に、お会いしたこともないし」
「私もよ。離れた場所から、お見掛けしたことがあるだけ」
互いに高位貴族とはいっても、これといって特別な繋がりは無いはずと、ふたりは益々首を傾げた。
「となると、やはり事業関係か」
「珍しい事業といえば、やっぱり鉄道関係?興味を持たれた、ってことかしらね」
「興味ねえ。いずれにしても、面倒事の匂いしかしない」
疑念を抱かれる要素は無いはずだが、事業関係以外で呼ばれる理由になどさっぱり思い当たる節の無いふたりは、益々困惑を深める。
「こんな風に、大公閣下から私たちが個人的に呼ばれる理由って何かしら・・・。何か、見落としている?」
考え込み、マーシアは、自分の指をとんとんとこめかみに当てる。
「マーシア。何か思いつく?」
「そうねえ・・・。ファーロウ大公閣下といえば、軍関係の最高責任者よね?事業関係は、そもそも管轄外だから。もしかして、鉄道を軍備に利用しようとか、そういうことかしら」
それなら有り得るかもと、マーシアはカーティスを見た。
「確かに、それは考えられるな。だが、それならもっと後になってから・・・・あ」
「どうかした?カーティス。何かに気付いたの?思い当たる節があった?」
軍備に鉄道を利用するにしても、実際に動かせるのはもっと後になるのだから、その頃になってからでもといいかけたカーティスは、そこで、何か思い至ったように声をあげ、マーシアは期待に身を乗り出した。
「ファーロウ大公閣下は、前国王陛下の第三王子殿下だ」
「え?だからなに?・・・って。あ。まさか」
ファーロウ大公が元第三王子だと知っているマーシアは、それがどうしたと言いかけ、最近聞いたひとつの事項を思い出す。
前国王の第三王子といえば、学生時代、モーリスと共に、あのフリント男爵令嬢と関係があった人物のひとりで、フリント男爵令嬢が、身ごもった子の父親だと言い切り、ゴシップ紙の餌食となった存在。
「うん。まさかとは思うけど、それが理由かもしれない。他に理由も考えられないし・・・とはいえ、だからってなんで、兄上ではなく俺達を呼び出すのかは不明だけど」
ほんとに不明だと苦笑するカーティスに、マーシアはぐいと近づいた。
「ね。そういえば、カーティスは、前国王陛下や、現国王陛下とも親しいグローヴァー公爵家の令息じゃない。だったら、ファーロウ大公閣下に、直接お会いしたことがあったりするんじゃないの?さっきは、個人的に会ったことないって言っていたけど、忘れているだけとかは?それこそ、今は疎遠になっているけど、カーティスじゃない方のグローヴァー公爵子息と一緒に、第三王子殿下時代に幾度かお会いしている、とか」
王家とグローヴァー公爵家の繋がりなら有り得ると言うマーシアに、カーティスは苦笑して首を横に振った。
「俺が、以前にしてもファーロウ大公閣下と親しかった事実があったら、そもそも個人的な呼び出しに訝しがったりしないって。あのね、マーシア。マーシアの言う通り、王家・・・特に先代陛下や今の陛下と我が家は、確かに深いといってもいい繋がりがあるんだけど、ファーロウ大公閣下だけは、第三王子殿下時代から妙にうちを避けていてね。兄上は、その理由を自分と同じ女性を争ったからだと言っていて、我が家では、そうなのかと思って来たんだ。事実、色々あったから」
「そうなのね。じゃあ、もう時効とか、そういうことなのかしら」
何となく納得という顔になったマーシアに、カーティスはそれでもと首を捻る。
「だとしても。兄上でもなく親父でもなく、どうして俺達を呼び出すのかって話ではあるけどな」
「そうよね。ファーロウ大公閣下が名指しで呼び出したのは、カーティスだものね。しかも、私付き」
今までグローヴァー公爵家を避けて来たファーロウ大公・・元第三王子が、何故今になってグローヴァー公爵家の人間を呼び出すのか、しかも何故当主ではなく自分達なのかと、マーシアとカーティスの戸惑いは晴れない。
「ファーロウ大公は、エインズワース侯爵と特に親しかったりしないのか?」
むしろそちらかと問うカーティスに、マーシアは首を横に振った。
「親しくはないわね。争ってもいないけど」
「そうだよな。エインズワース侯爵は、そもそも元第二王子殿下の側近だものな」
「そういうこと」
マーシアの父であるエインズワース侯爵は、現アドラム大公が第二王子と呼ばれた時代からの側近で、今もその地位にいる。
特に王位継承で争うことのなかった三人の王子だが、第二王子・・現アドラム大公だけは母親が異なり、正妃腹であるふたりの王子とは、一線を引いた存在だった。
王位から、一番遠いはずれ王子。
そう言われた第二王子の才能と人柄に惚れ込み、仕え続けている人物の筆頭がエインズワース侯爵であり、結果としエインズワース侯爵家が一番近しくしているのがアドラム大公であることに間違いはない。
「だとするとやはり、関係していそうなのはグローヴァー公爵家ということか。しかし、我が家との関係を改善するにしても、何故親父でなく呼び出すのが俺達なのかというのが謎だから、やはり事業関係か?・・・ま、行くしかないか」
いくら考えても答えなど出ない。
これ以上はお手上げだと、おどけて言うカーティスに、マーシアも頷きを返す。
「そうね。お断りするなんて方法、絶対に取れないんだから」
大公からの招待を断るなど有り得ないのだから行くしかない、何があってもふたりで乗り越えようと、マーシアとカーティスは決意の表情で見つめ合った。




