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十、同盟







  


「・・・カーティス?カーティス。どうかしたの?」


目の前で、マーシアにひらひらと手を振られて、カーティスは、苦笑と共に現実へと立ち戻った。


「すまない。君と出会った時のことを思い出していた」


「今?」


 カーティスのその言葉に、マーシアが目を丸くしたうえ、ぱちぱちと瞬かせる。


「ああ。マーシアと話をしていたら、顔合わせの時のことが、思い浮かんでしまった」


「思い浮かぶって・・・ほんの、少し前のことなのに」


 呆れたように言うマーシアに、けれどカーティスは首を横に振った。


「確かに、出会ってから未だ三か月だが。大きく変わったこともあるだろう?」


「それは・・・そうね。顔合わせの時は、私も外行きの顔をしていたし、言葉遣いも今みたいじゃなかったわね」


「俺もだ。マーシアに向かって『私』なんて言っていたもんな。完全に外向けだ」


「私なんて『わたくし』って、声も少し高めだったわね」


 そうだった、そうだったと言い合い、ふたりはくすくすと笑い合う。


「でもマーシアは、はじめからうちの事情を汲み取ってくれて・・・嬉しかったな」


「それは私の台詞よ。結婚しても働きたいなんて言ったら『正気か?』くらい、言われるかと、覚悟していたんだから」


 これは誇張ではないと言い切って、マーシアは小さく肩を竦めた。


「あ。そうなると。マーシアは、自身が働くことで『正気か?』と周りから言われるうえに『健康な長男がいるのに、跡を継ぐ次男に嫁ぐなんて』とまで、言われるんだろうか・・・もしかして、もう何か言われている?」


 そこまで考えが及ばなかったと、カーティスはマーシアを見る。


「無いこともないけど。別に平気よ。私は、ちゃんと事情というか、話を聞いたから」


「ありがとう」


 あっけらかんと言うマーシアに、カーティスは心から安堵し、感謝した。


「まあ、はじめて聞いた時は驚いたけどね」


「それはそうだろう。両親が俺を誕生させた理由が『この長男に家を継がせるわけにはいかない』という一念だなんて。聞いたら、普通は驚く」


 然もありなんと頷くカーティスを、マーシアは優しい瞳で見つめる。


「でも、私は驚くだけで済むけど。当事者であるカーティスは、大変だったんじゃない?」


「『次男だと思うな、長男だと思え』って、本当に小さなころから言われて、当主教育も早くから受けていたし、何より両親が厳しくてね。『どうして、ぼくばっかり』って、よく思ったよ。特に兄上は『犯罪をおかさなければいい』『家が傾くほどの迷惑をかけなければいい』って、ほぼ自由だったから」


 幼い頃を思い出し、カーティスは肩を竦めた。


「よく、反抗しなかったわね?」


「したさ。でも、両親はそんなの成長過程だとしか思っていなかったみたいだね。俺が『周りのひとが、健康な兄上がいるのに、ぼくが当主教育を受けるのはおかしいと言っている』と言った時も『モーリスが健康なのは、体だけだ。このグローヴァー公爵家の跡継ぎはお前。それは揺るがん』とか言って、親父は堂々としていたし、それは親戚中、果ては関係する各家すべてがそうだったんだから」


 関係する各家から『カーティス殿がお生まれになって安心しました』『これからも、グローヴァー公爵家を盛りたてていく所存』と、真顔で言われれば、次期当主として自覚せざるを得なかったと、カーティスは苦笑する。


「グローヴァー公爵家のご長男は、体だけが健康・・・素晴らしいわ。言い得て妙ね・・・と、ごめんなさい。お兄様のことを」


 確かに、あの言動は普通ではなかったと、マーシアは遭遇したも長男・・モーリスを思い出し、言ってしまってからカーティスに謝罪した。


「謝る必要は無いよ。俺も、手を焼いているんだ。現状をまったく見ようとしないし、考えようともしないから」


「というと?」


「自分が当主教育を受けていない意味、事業のことも領地のことも、何も知らされていないことの意味、当主が招集する一族の会議に出席していないことの意味・・・とまあ、色々」


 『兄上、このままでいいの?』と、聞いたこともあるんだけどねと、カーティスは遠い目になってしまう。


「カーティスが次期グローヴァー公爵となることは、一族の皆様もご承知なのよね?だから、不思議に思わないのでは・・・って、あ。そういえば、カーティスじゃない方のグローヴァー公爵子息、ご自分が跡取りだと言っていたわ」


「兄上は、そう思っているんだ」


「でも、当主教育も受けていないのよね?領地のことも、事業のことも、何も知らないし」


 『普通に考えて無理なのでは?』と、首を傾げるマーシアに、カーティスがまたも苦笑した。


「兄上は、自分が優秀だから受けなくていいんだと思っているよ」


「え。どんなに優秀なひとであろうと、知らなければ何も出来ないでしょうに。でもまあ、カーティスじゃない方のグローヴァー公爵子息の実態が、よく分かる言葉ね」


 呆れたように言って、マーシアはため息を吐く。


「そんな相手が義兄になるなど、苦労かけるけど、よろしく頼む。俺が次期公爵であることは、王家も既に承認済みなんだ。発表は、俺が十八になってからだけど」


「もうすぐね」


「ああ。ただ、その時に、兄上が騒ぐのは目に見えている」


「大丈夫よ、カーティス。私も付いているわ」


 うんざりと、面倒だと言いたげなカーティスに、マーシアは力強く言い切った。



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