一、この世の迷惑男。
「マーシア!漸く会えた!」
は?
ああ・・・。
誰かと思えば、グローヴァー公爵家の、使えない長男じゃない。
私の名前を呼び捨てにするとか、もう義兄面するつもり?
ギルドでの用事を済ませ、次の待ち合わせへと向かう途中のマーシアは、声を掛けて来た相手の正体を知り、不機嫌になりつつも、やがて身内になるのだから仕方ないと立ち止まる。
それにしても、お隣のけばけばしい女性は何方かしら?
そういう方面の、お商売の方?
あんなにくっついているということは、恋人かしらね。
ずいぶん、お歳が上のように見えるけれど。
まあ、ひとの趣味は色々よね。
とはいえ、私を見下したような態度は見過ごせないけれど。
「お嬢様。不審者でございます」
「駄目よ、アルマ。あれでも一応、公爵令息なのだから、貴女が罰せられてしまうわ」
侍女のアルマとこそっと耳打ちし合い、マーシアは、澄まし顔で近づくふたりを迎えた。
「ああ、マーシア。紹介しよう。こちらは、エイダ。これからは、義母と思って仕えてくれ」
は?
一体全体、何の話?
私のお義母様になるのは、グローヴァー公爵夫人ですが。
ていうか、そもそも、その方、どなた?
「ごきげんよう、グローヴァー公爵子息。わたくしの義母となる方は、グローヴァー公爵夫人と存じますが。そちらの方をとは、どういう意味でございましょうか?」
本当にどういう意味だと思いつつ問うマーシアに、相手の男・・グローヴァー公爵子息は、苛立ちも露わに眉間にしわを寄せた。
「ええい、苛つく。勿体ぶった言い方をするな。今、母上はどうでもいい。君は、僕と結婚するのだから、僕が大事に思うエイダに仕えるのは、当然のことだろう。そういう話だ」
はああ?
だからその、エイダって女性は誰なのよ。
まさか、貴方の隠された実母とか?
それにしたって、私の義母にはならないんだけど。
ああ!
もしかして、こちらの男性の方、私はグローヴァー公爵家の使えない長男と思ったけれど、とてもよく似た別人とか?
さっき呼んだ時は否定しなかったけれど、そういう可能性もあるということ?
「失礼ですが、貴方様のお名前は?」
別人なのかも知れないならそこからかと、マーシアは相手の名前を確認することとした。
「失敬な。というか、君はそこまで無能なのか?婚約者の名前も忘れるとは、嘆かわしい。いいか、マーシア。僕は、モーリス・グローヴァー。グローヴァー公爵家の跡継ぎだ。そして、君の婚約者であり、君が言うところの愛しのモーリスじゃないか。しっかりしてくれ」
しかして大変残念なことに、相手の迷惑男は、マーシアが思った通り、グローヴァー公爵家の長男、モーリスであった。
馬鹿なの?
誰が誰の愛しのモーリスですって?
しっかりしてほしいのは、貴方の頭よ。
私の婚約者は、貴方じゃないし、グローヴァー公爵家の跡継ぎも、貴方じゃありません。
「そうですか。わたくしの名は、マーシア・エインズワース。エインズワース侯爵家の娘にございます」
『こんの勘違い馬鹿野郎が!』と、思わず叫びそうになるも、それは自分にとって悪手だと判断したマーシアは、何とか穏便に、貴族令嬢の仮面を被ったまま、自分の立場を相手に分からせようと奮闘する。
「だからどうした。エイダに失礼だと思わないのか?エイダは、男爵夫人なんだぞ?マーシア。君も貴族なら、きちんと分を弁えろ」
モーリスの言葉に、エイダが益々マーシアを見下したような笑みを刷いた。
はあ、そうですか。
随分と威張った感じでいらっしゃると思いましたが、男爵夫人でございましたか。
まあ、お会いするのも初めてですし、要は他人ですね。
それに、事業としての繋がりがある家でもありません。
つまり、単純なる身分だけでお相手してよろしい相手、ということ。
そして、こちらは侯爵家、そちらは男爵家の方となれば、分を弁えるのはそちらのご婦人ということになりますわね。
「わたくしは、侯爵家の人間なのですが」
馬鹿なグローヴァー公爵家長男モーリスといるからと、男爵家の人間が、いきなり侯爵家の娘に居丈高に対応していいことにはならない。
その警告も込めて、マーシアはエイダに向き合う。
「だから、それがどうした!?エイダに対し、きちんと挨拶しろと言っているだろう。分かれよ、この馬鹿」
「ねえ、お嬢さん。今、挨拶してくれれば、不敬には問いませんわよ?」
がなるように言うモーリスの隣で、エイダが居丈高に言い切った。
その時点で、マーシアは、ふたりへの扱いを完全に決める。
不純物は排除。
というか、グローヴァー公爵家も、何をしているのよ。
そっちで、何とかしておいてよ!
「グローヴァー公爵子息。わたくしは、先日確かにグローヴァー公爵家のご子息と婚約いたしましたが」
相手を不純物と判断したマーシアは、冷徹な声で宣告を告げる。
「だから、その婚約相手がぼくだろう!本当に、君は馬鹿なのか!?」
「ねえ、モーリス。このお嬢さん、頭が弱くていらっしゃるのね。可哀そうに」
香水をひと瓶被ったのかというほどの、最早悪臭を纏ったうえ、場末の遊び女のような装いをしたエイダが、これ見よがしにモーリスにすり寄り、マーシアへ勝ち誇った笑みを浮かべた。
「お伝えいたします。グローヴァー公爵子息。わたくしが婚約いたしましたのは、カーティス・グローヴァー公爵子息です」
しかし、そのような事は、痛くも痒くも無いマーシアは、毅然として言い切る。
「は?マーシアの婚約者なのだから、僕に決まっているだろう!」
「そうよ!何を馬鹿なことを言っているの!マーシアで、その色なんだから、モーリスと結婚すべきでしょう!馬鹿なの!?」
「そうだぞ、マーシア。この僕が選んでやると言っているんだ。有難く思いこそすれ、そのような生意気な物言い。許されると思うな!」
はあ。
事実を言っただけなのに、何をどう許されないというのよ。
意味不明なことを喚く相手を見つめ、いい加減面倒だと、マーシアはため息を吐きたくなった。




