にじゅうに。
大師匠の示した方角には十匹の鳥型の魔獣らしき大型の飛ぶ獣。それと下の方には二匹の山よりも大きく見える猿型の魔獣。
「師匠、これはっ」
「何十年かに一度起こる魔獣大量発生だろう」
固い声に息を呑む。
十歳の頃に師匠から教わった魔獣大量発生が本当に起こるとは正直なところ思っていなかった。
「今回は場所が広範囲の方だ」
更に師匠が付け加える。
範囲の狭い場合の魔獣大量発生は、視認出来る範囲で数が数えられない程。
範囲が広い場合の魔獣大量発生は、一箇所に出る魔獣は数えられる程度だけど、但し広範囲であるだけにどこからどこまで魔獣が居るのか分からない。
そして。
どちらが厄介かと言えば、圧倒的に後者。
まさか、その、厄介な方での魔獣大量発生が起こるなんて……っ。
「師匠の魔力量はポリーナや私どころじゃないくらい多い上に、他国へ赴き様々な魔法も覚えて来られた。だから結界も広範囲のものを使え、その結界で少しの間抑えてくれていた。だが、その結界が保たなかったのだろう」
師匠の説明に頷く。大師匠はそれほど凄い人だということ。
「地道に倒していくしかないのですね」
師匠に確認すると強く頷かれる。
大師匠は既に火魔法や風魔法を駆使して猿型の魔獣二体をあっという間に片付けた。
「す、すごい」
「ああ。だがその師匠でも鳥型の魔獣は苦手だ。風魔法を駆使して飛行速度を落としてみたり、そこへ火魔法を叩き込んで焼き払ってみたりしても、数が多すぎることと、飛行速度が完全に落ち切らないから逃げられてしまうのだそうだ」
「そんな……」
「あ、ポリーナちゃん! 来てくれたの⁉︎」
師匠の話にグッと奥歯を噛み締めたところでファスさんの声が聞こえてきた。振り返ってその姿を見て……息を呑む。
頭から血が流れて顔の半分が血だらけだ。
「ファスさんっ⁉︎」
「あー大丈夫大丈夫。かすり傷だから。頭ってちょっとの怪我で直ぐに血が流れるからね」
などと笑顔で手を振っているけれど、その直後に足元がふらつく。よく見ればその全身は切り傷が出来ていたり裂かれた服が動いたからなのか破れていてその破れた服から痣が出来ていたり、と満身創痍とはこのことか、と思ってしまう。
「い、今、治療魔法をっ」
「いい。もう少し怪我が酷くなってからにして」
治療魔法を掛けると言おうとした途端に、素っ気なくファスさんが断ってくる。魔法士の試験以来会っていなかったからファスさんのことはよく知らないから、どうしよう、と口籠って立ち尽くす。
「ポリーナ、本当にいいんだ。この怪我程度で治療魔法をかけていたら、いくらポリーナでも直ぐに魔力切れを起こす。枯渇になりかねない」
師匠の助言を聞いて気を引き締めた。
それはつまり、このくらいの怪我を治している側からまた同様の怪我をしていく、ということ。
それだけこの魔獣大量発生での怪我は、満身創痍が当たり前のようなものと言っているようなものであって。
そして魔力量が多い私が魔力切れどころか魔力枯渇に陥ってしまいかねない程、魔法士が怪我を負うということになるわけで。
もう一度、強く奥歯を噛み締める。
「ダン」
「はっ」
ずっと私の背後に居る護衛に呼びかける。
「あなた方護衛は私の命を守るよう、お父様から言われていることでしょう。併し、聞いての通り、この場は私の命がどうこう言っているような状況では有りません。あなた方が私を守ることが仕事であり使命であることも承知しています。ですが、ダンを含めた皆に命じます。私を守りながらも己の命も助かることを考えて動きなさい。これまでの魔獣討伐とは全く違うのです。私を守ることだけを優先せず私を守ることを第一に考えながら己の命も助けなさい。わかりましたね?」
冗談でもなんでもなく、護衛達は己の命を犠牲にしてでも私を守る。それが彼らの仕事であり使命であり矜持であることは分かる。
けれど。
今までとは全く違う魔獣討伐だからこそ。
己の命を擲って私を守ろうなんて考えられてはダメなのだ。
「併しお嬢様」
「お前、何か勘違いしていませんか」
反論しようとするダンの言葉を聞かずに、私は居丈高に言い放つ。ダンが口を噤んだ気配を感じながら私は言葉を紡ぐ。
「いいですか。今までのような己の命を賭けて私を守るような守り方では、私は守れません」
「ど、どういう事でしょうか」
ダンが命を賭けて守ることでは守れないと聞いて動揺しているらしい。ここで私は、改めて彼に向き直り、その向こうに居る更なる護衛に声をかける。
「いいですか。己の命を賭けて私を守る。それはあなた達にとって誉かもしれません。私を守って死ぬことで任務を全う出来た。そう思うかもしれませんが、その後のことを考えていますか」
「その後……。私たちの家族とか友人とか恋人とかですか」
ダンが困惑したように返答する。
「違います。まぁあなた達が命をかけて私を守ったことで、彼等も嘆き悲しむでしょう。ですが、それは私が生きて帰り、あなた達の最期を遺された者達に告げられたら、という前提です。分かりますか。例えばダンが今ここで私のために死んだとします。その後は残った護衛達が私を次々と守るでしょう。命と引き換えに。では全員が命に代えて私を守っても、まだ魔獣が討伐出来ていなかったとしたら? 全員が死んだ後も私が命の危機に晒されていたら、誰が私を守るのです?」
ダンも他の護衛達も、ハッとした顔をする。まるで考えてもいなかったのだろう。
「確かに。ここにいる全員が命に代えてお嬢様を守っても、未だ魔獣討伐が終わるとは言えない。今までの魔獣討伐とは違うから」
「そうです。ですから私を守りながら己も守り、この魔獣大量発生を乗り越えて公爵家に帰るまで私を守りきりなさい。それが護衛の仕事です!」
「「「はっ」」」
護衛達の返事を聞いて私は戦いに赴いている師匠達を見守る。私が勝手に参戦して、ここぞという時に治療魔法を使えなかったら、何のための治療魔法士なのか、という話だ。どれだけ歯痒くても、私は師匠にゴーサインを出してもらうまで待機をしていなくてはならない。
そんな私の視界の片隅で、男性二人が口惜しいとばかりに歯を食いしばりながら戦いを見ていた。
ーーきっと、私と同じ治療魔法士の方達だ。
お読みいただきまして、ありがとうございました。




