サン。
「私は魔法士の素質が無いのですか……」
「魔法は使えるが魔法士は無理だそうだ。セスターとポリーナの婚姻式で初めてハイド魔法士にお会いしたが、その時に言われた。魔法士は、ただ魔法が使えるだけではなれない。純粋に魔法を楽しめる心で魔法の上達をしてきた者がなれる。そういう者でないと、魔法が使えても魔獣討伐の際の攻撃魔法は使えないそうだ。上達するくらい練習が必要だからちょっと訓練して魔法が使えるようになった、程度ではなれない、と」
積み重ねてきたものが物を言う、ということらしい。私も王族として魔力持ちとして魔法を覚えるための学習時間は与えられていたが、毎日の積み重ねのように練習したことは無い。そうでなければ魔獣討伐が出来る程の魔法士にはなれない。その事実にかなり落ち込んだ。
「今から毎日積み重ねて練習したら……どうでしょうか」
併し諦められない。
「可能性はあるが、魔力量は生まれた時から決まっていて増える事例は特殊な体質の者以外、無いらしい。だから今から練習して魔法士になれるほどの攻撃魔法を覚えても、魔獣討伐に入れるかどうかは、魔力量を確認し、大丈夫だと分かったら、ということになるそうだ。練習で魔力量が減って魔法士になれても数年で魔法士引退ということになる、と」
数年でも構わない。ポリーナの隣に立てるなら。そうは思っても、二人の弟たちが万が一対立することになったら仲裁役を務める必要がある。そう考えると魔獣討伐などは国境に近いところや他国にまで足を伸ばすこともあるそうだから、やはり魔法士は難しい、と断念するしか無かった。
ならば、私が彼女のために出来ることはなんだろう。
離婚することを決めた婚姻一年目を迎えたあの夜に、私の気持ちをやっと理解したけれど、受け入れられることは出来なくてすみません、と謝ってくれた彼女のために。
私の気持ちが負担になるとも言わず、ただ謝ってくれた彼女のために。
「侯爵位以上の爵位を受け入れます。領地は持たないことは変わりません。この国のために、弟たちのためにこの身を尽くすことも構いません。但し。陛下の望む魔法士になれる魔力持ちを増やすことに尽力すべく、魔法士たちとの研究を王家主導で行うことを進言致します。私はその一員になりたいと願います」
父上が王命を出してまで私とポリーナの婚約・婚姻を結んだように、魔法士の少なさは課題の一つ。私がもっと早くから態度を改め素直になれば良かったことはそれとして。
彼女を犠牲にしたような王命を出すことにならないように、私は魔法士たちと共に魔力持ちを増やす研究をしたいと願う。或いは、魔法士に頼らなくても魔獣討伐が出来るような道具を開発する研究を。
「ふむ。いいだろう。やってみるが良い」
父上から許可を得て先ずは筆頭魔法士であるポリーナの師匠・ジラン殿に連絡を取ることにした。ポリーナと離婚して彼女が城から出て公爵家へ帰ってしまってから十日後。
物凄く不機嫌極まりないという顔をした筆頭魔法士殿が私の目の前に、嫌々来てやっている空気を醸し出しながらふんぞり返ってソファーに座った。
「なんの用ですかね、殿下」
言葉遣いはこちらを敬っているが、全く敬ってない態度のずっとポリーナの側に居る男。……今、唐突に気づいた。
私はどうやらこの魔法士に嫉妬していたらしい。ポリーナに信頼され笑顔を向けられ続けているこの魔法士がずっと羨ましかった。……ポリーナと離婚してから気づく辺り、自分の恋愛方面に関する感情は、本当に情けないようだ。
だが、嫉妬している場合じゃない。この男に協力してもらわなくてはならないのだから。
「実は相談があります」
淡々と自分の考えを話せば、不機嫌極まりない顔をしていたジラン殿の顔つきが変わった。
「……ふーん。あなたなりにポリーナを大切にしようと思っているみたいですね」
魔力持ちを増やすための研究や、魔法士を頼らなくても魔獣討伐が出来そうな道具を開発する研究という話を終えたら、そんなことを言われた。
「大切にしたいと思ってました。気づくのが遅すぎましたけど。愛を告げました。彼女に受け入れられませんでしたけど。それならせめて、これくらいはしたい、と。どんな関わり方でも構わないから、ポリーナと繋がりを断ちたくなかったもので」
「はっ。散々ポリーナを蔑ろにしておいてよく言うよ。私の師匠に指摘されなければ魔法士としてのポリーナのことすら分からなかったのに」
私の気持ちを鼻で笑うジラン殿。それはもう、言われても仕方ないと思っている。
「……まぁいいですよ。研究の方は協力します。でもポリーナの名前はもう呼び捨てないこと。ポリーナは研究に興味を持つでしょうが必要最低限の関わりは持たないこと。あと、私とポリーナが結婚しても許すこと」
……最後の条件は飲み込めず相手を睨み付ける。
「ポリーナにはまだ話してないですが、私は彼女の魔法士としての才能も愛しているし、彼女の存在そのものも好ましい。断られたら諦めますが、ポリーナを泣かすような男に再び指を咥えて掻っ攫われることはしたくないですね。私を選ばなくてもあなたとの再婚は阻止します。仮令それがポリーナの望みになったとしても、ね。公爵夫妻と公子に公爵家の使用人たちがあなたを敵視しているのであなたとの再婚は無い。我が師匠もあの男と再婚は反対だ、と明言してますし。離婚してもポリーナの価値は変わらない。それどころか今までアピールして来なかった貴族家からの釣り書きが山のように届いてます。王家に睨まれたくなかったから送れなかった釣り書き。ですが離婚したのなら構わないだろうというのが貴族たちの言い分のようで。私と師匠がいるうちは盾になれますが、居なくなった場合を考えて、レバーム公は私との結婚を望んでます。私はそれを受け入れました。後はポリーナ次第です」
暫くはポリーナのことだから魔法士の仕事に勤しむでしょうから頃合いを見計らうつもりですが。
そんな言葉で締め括られた最大のライバルの発言に、唇を噛み締めるしか出来ない。
「結婚はポリーナが望むなら口出ししません。ですが、ポリーナが結婚してもしなくても、私は彼女との関わりを断ちたくないので、研究の件は話を進めたいと思います」
ようやく、言葉を搾り出してそれだけ言う。
「……はぁ。それだけポリーナのことが好きだったのなら早くから素直になっていれば良かったのに。私だってもっと早くにあの子を諦められた。でも、私にチャンスは与えられた。今まで師匠としてしか彼女に接してなかったけれど、これからはそうしなくていい。……そこはあなたに感謝しますよ。取り敢えず研究についてこれからはよろしくお願いしますね。師匠にも話しておきます」
最後に不敵に笑ったジラン殿を見送って、またも自分のやらかしを後悔しまくる。だが仕方ない。それでも私は諦められないのだから。
ーー研究の話は、ジラン殿・ハイド殿・ポリーナの他にも魔法士が何人か協力してくれることになって、少しずつ少しずつ進んでいった。
弟たちが立太子し、私の臣籍降下の時期も発表され、それでも研究は変わらず続けられていく。
ポリーナはジラン殿とハイド殿たちと他国まで赴き魔獣討伐もしているそうで、私と婚姻していた一年より活き活きとしている日々を送っているようだった。
臣籍降下をして侯爵位をもらった私は、そのまま研究に携わることは変わらない。後妻を娶ることも無い。あと、今のところ弟たちの関係性は良好で二人で王太子としてきちんと上手く活躍している。この後王位に着いた時がどうなるのか。それは様子を見て行くしかないだろう。
そして、今のところ、ポリーナもジラン殿と再婚はしていないようで。
二人の関係が気にならないとは言わないが、活き活きと魔法士として活躍する彼女を見ると、もう彼女が幸せなら私が相手じゃなくてもいいんじゃないかな、と思う。思うけれど、まだまだ私も諦めが悪くて。
取り敢えず、今はまだ、私も彼女も独身でいることが嬉しいことを喜ぶとしよう。
お読みいただきまして、ありがとうございました。
これにて本作は完結です。
恋愛というには、ちょっと違う二人の関係性だったのでファンタジージャンルを選択しました。
少しでも楽しんでもらえましたら幸いです。
尚、二人の国王は無茶だろう、創作とはいえ、あり得ない、という方も居るかと思いますが、創作だから。の一言で押し切ります。