じゅうに。
翌日から一応殿下と食事だけは共にしてくれ、という殿下付きの執事経由で伝言をもらった私。朝と夕方のみ食事を共にし、昼食は軽めに一口で食べられるサンドイッチをいくつかとフルーツだけにしてもらっている。身体がどうというより、生活リズムを整えるために。殿下と食事を共にしても会話があるか、と言われたら無い。第二王子殿下、第三王子殿下とも会わないが国王陛下と王妃殿下にも会わないのは、まぁ分かりきっていた。だから第一王子殿下と二人で朝も夕も食事を摂るけれど、会話が無いので本当にただ食べるのみ。
尚、第一王子殿下の好きな食べ物が出る日は、チラリと見ると口元が綻んでいることを知った。だからどうだ、というわけではないのだけれど。そうして一週間。私はゆっくりとさせてもらい、次の日から王子妃として執務を行う必要があるだろう、と思っていたので朝食時に明日以降の予定を話し合いたい、と殿下に申し出た。
「執務の件か」
「左様にございます」
「身体は大丈夫か」
「大事ありません」
「……では、国王陛下と王妃殿下に相談の上、今日中に返答する」
「畏まりました」
私と殿下の会話が主人と臣下で交わされるようなものだ、と使用人たちでさえ思っている事だろう。でも私の気持ちは殿下の伴侶というより臣下でしかないのだから仕方ない。
……不意にクビになったとかいう、侍従だった男の言葉が胸に蘇る。
ーーもう少し歩み寄りを。
今の私たちを見れば殿下の方が歩み寄っていて私が突き放している状況なのだろう。城の使用人たちからすれば仕える主人に対して歩み寄りを見せない私は傲慢な人間とでも思われているだろうか。
それとも未だに殿下の行ってきたことを許すことも出来ない心の狭い人間か。
「どう、思われても今さらね」
呟きは誰の耳にも届かず空気に散って消えた。
でも私は私の信念に従っている。
私からの歩み寄りを悉く台無しにしてきたのは殿下で。今、あちらがその対応をされても文句は言えないのだから。
それだけ十年は、長い。
十五歳から歩み寄りを見せてきたからといってそれまでが無くなるわけはない。他の誰もが許す姿勢を見せよ、と言おうが。今の私はそんな気持ちにならない。
例えば、明日私か殿下が死ぬとして。許しておけば良かった、と思うだろうか。答えは否。明日どちらかが死ぬとしても蟠りを残すよりは……なんて考えには、ならない。なれない。私が頑なで心が狭いと思われていたとしても、私にそんな態度を取らせているのは、殿下が台無しにしてきた十年なのだから。
「ポリーナ」
「はい」
「もし明日から執務を始めるとしたら、執務は……その、私の隣の部屋で行うことになるが構わないか」
「問題ありません。妃の執務室は殿下の隣だということですか」
「第一王子妃として私と婚姻したからな。王太子位は関係ない。第二も第三も妃の執務室は隣だ」
「それは国王陛下と王妃殿下もということで」
「そうだ。警備上の問題だな」
「そうであるなら私が何か思うことも言うこともありません」
……というか、なんだってこんな些細なことを確認されているのかしら。王子妃として結婚してしまった以上、やるべきことはやるし、執務室が隣同士だからってやる気が出ないとか、そんな子どものような考えは持ち合わせていないのだけど。
そんなやり取りを終えて自室に戻り連絡を待っていると、程なくして殿下付きの執事が明日から執務を行ってもらうこと、これから執務室へ案内することを伝えにやって来た。
この執事、殿下と婚約した時からずっと私と殿下の関係を見て来たわけだけど、殿下付きを抜きにしても殿下に敬意を持っているようで私の態度が気に入らない、とでも言いたいらしい表情をよく浮かべる。
……でも言えないのは、私が王族の仲間入りを果たしている、つまり仕えるべき主人であるから、というのと。殿下のやらかしをずっと見て来ているからだろう。
まぁ私の態度に苦言を呈してきたら、それを殿下にされて来たことを知ってるわよね? と返すだけよ。
さて、明日から表舞台に立つけれどどれだけの使用人や文官が私のことを敵視しているかしらね。でも今のところ、全てが敵でも殿下への態度を改める気はないわ。
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