儚い春の嘘 桜ばないのち一ぱいに咲くから生命をかけてわが眺めたり
岡本かの子さんの詩 桜ばないのち一ぱいに咲くから生命をかけてわが眺めたり
にインスピレーションを受けて書いた小説
桜ばないのち一ぱいに咲くから生命をかけてわが眺めたり 岡本かの子
私は目が見えない。だが、生まれつき見えないというわけではない。昔は見えていた。
子供の頃、両親と花見に行った。ひらひらと散る桜を見ていたら急に視界が真っ暗になった。何も見えない。さっきまではあんなにも優しいピンク色に満たされていたのに。
幼い私は何が起きたのかわからずただ泣き続けた。両親が駆け寄ってきて、理由を聞いてきた。そこからはよく覚えていない。病院に連れて行かれて、なにか検査を受けさせられた。
検査の後、医者から言われたのは、ストレスから来るものだ、ということ。だが、ストレスが無くならない限り治らない、治らない場合5年後の春に死んでしまう、そう言われた。しかもその病気は治療法がなく治った例はないそうなのだ。
その時私は10歳だった。つまり15歳までしか生きられない。突然医者から告げられたセリフに両親は声を失って呆然としていた。私には目が見えなくなる理由がわからなかった。ストレスなんかない。親から何度聞かれても、本当にわからないのだ。最後に見た桜の色が頭の中に残っている。最後に見たのは桜だった。きっと桜が悪い。だから桜は嫌いだ。そう思って今まで生きてきた。
今、私は14歳だ。春が誕生日だ。きっと死ぬ前に誕生日は来ないだろう、そう考えてはぁ、と息を吐いた。私のこの病気について医者からたくさん説明された。この病気でなくなってしまう人は死ぬ直前、一瞬だけ目が見えるようになるらしいのだ。
「どうせなら桜が咲く前に死にたい。」
と私は誰に言うともなく一人で呟いた。最後に見える景色に桜が入っていては安らかに死ねない。どうせもうすぐなくなってしまう命なのだから、少し早く死んでも問題ないのではないか、そう考える。だが目が見えないから何がどこにあるのかわからない。だから死ねないのだ。もやもやした気持ちを抱えて毎日過ごしていた。
ある日、わたしにに誰か訪ねてきた。
その人は
「俺と同じ年の子がいるって看護師さんから聞いてさ、仲良くしてよ。」
のんきに彼は言ってきた。
だから私は、
「私は目が見えないから、外の景色も見えないのあなたにはそんな気持ちわからないでしょう!」と。怒って言った。
私は怒っているはずなのになぜか泣きそうになっていた。
彼が言う。
「じゃあ俺が毎日外の景色を教えてあげる。目が見えないなら俺が君の目になるよ。」
目が見えないはずなのに、彼がふわっと笑ったように、私には感じられた。
少し嬉しくなりかけた自分が嫌で、
「どっかいってよ!」
と強い声で言っていた。流石に言い過ぎたと思ったが、彼は、
「じゃ、あしたまたくるね。」
と笑っていった。
それから彼は本当に毎日部屋に来て
「今日はすごくいい天気だな。」
「小鳥が鳴いてるよ。ホオジロかな?」
「あっ、たんぽぽが咲いてる。」
などと毎日飽きずに言ってくるのだ。
はじめは邪険にしていた私だったが、だんだん彼の話が楽しみになっていた。
ある日彼は言った。
「そろそろ桜が咲きそうだね。つぼみが沢山ついてる。」
彼にしたら何気ない言葉だったのだろうが、私は急に現実に戻されたような気がした。
なぜ彼も私にそんな事を言うのだろう。理不尽な怒りだったが、桜が嫌いな私は、気づけば
「もう一生来ないで!あなたの声、聞きたくない!!どうせあなたには目の見えない私の気持ちなんてわかんないんでしょ!」
と言っていた。彼は、そう、とだけ感情のこもっていないような声でいって出ていった。
私は彼を怒らせてしまった、と後悔した。後悔してももう遅いのだ。彼はもう一生来ないのだ、とわかった。
それから何日かたって、看護師さんと話していると彼女が、喧嘩したの?
と聞いてきた。
「実はあなたのこと彼に言ったの私なんだよね、同じように目が見えないし仲良くできるかなって思ってさ。」
そう言った。
え、、、、目が見えない、、、?どういうこと?
私は混乱した。
「目が見えない?」
私は呟いた。すると看護師さんは、
「?そうだよ、あなたも彼も目が見えないでしょう。」
そう言った。どういうこと?、、、まさか、彼は目が見えないのに私を励まそうとしてくれた、ということ?私が泣きそうになっていたから?頭の中がぐるぐるした。
では、私は彼にひどいことを言ってしまった。彼も目が見えないのに私の気持ちがわからないって、言ってしまった。私が一番分かってなかった。そんな申し訳ない気持ちが込み上げてきてボロボロと涙を流しながら泣いていた。彼はきっと私を許してくれないだろう。
死ぬ前にもう一度会いたい。
そう思った。その時彼が部屋に飛び込んできた。そして
「ごめん!おれひどいよな。目が見えないこと、隠してた。君を心配させたくなくて、、、」
といった。びっくりして、私は泣いて少し枯れた声で、
「え、なんで。あやまらないでよ。悪いのは私なのに、、、。もう会いに来てくれないと思った。ごめんねぇ。」
と泣き崩れた。彼はこんな私にも優しく
「これからもっと話そう。ずっと!」
といって、私の手をゆっくり探して握った。私は彼の手を強く握り返した。
するとその瞬間、目に光が飛び込んできた。私は何度もまばたきをした。光が消えたり映ったりすることで、目が見えるようになったとわかった。
一番に見えたのは彼の顔だった。彼は泣いていた。世界一かっこいい彼の後ろに淡い光を映す窓があった。窓の外には大きな桜の木があった。ちょうど満開で桜が儚く散っていっている。
綺麗で儚く悲しくなるようなピンク、それを背景に立つ彼は、世界一美しかった。
人の命は桜のようだ。儚くて、散るときが一番美しい。
私は今きっと一番美しいだろう。
「きれい。」
私はそう呟いて、目を閉じた。彼の手のあたたかさを感じながら。




