キョヌーの修道女★
俺はキャンディを胸ポケットに入れて通い慣れた山道を下りる。
一番近くにあるジャワ村にたどり着いて、村の入り口付近にある酒場食堂に入り込む。
テーブルについて注文を済ませると、新たな住処をどこにするか思いをはせる。ぼくちゃん、人の少ないところがいいな♪
ふうむ。俺は大貴族べリントン家から勘当されてはいるが、一応まがりなりにも”自由国民”の身分ではある。
領主から農地を与えられている農業民や酪農民たちは基本的にその土地を手放さない限りはその土地を離れることができない。
だが、俺にはそういう制限はないのだ。
このエインズ王国内ならばどこへでもいけるのだが、他の大貴族の領地に移住となるとそれにかかる諸々の資金が必要となる。
まずは通行料に始まり、その地の教会への登録料、町や村には必ず世話になるから各種の施設使用料などなど。
しかも新参者はたいてい最初の期間は高い費用を請求されるのが世の常だ。
新しい奴はその村に慣れるまで、何をするにも高い費用を請求される。不審料とでもいうべきくだらんしきたりがあるのだ。
今、俺が住んでいるジャワ渓谷ってのは何を隠そう、俺が追い出されたべリントン家の領地なのだ。だからそれなりには慣れた土地なのよ。
俺がもし今ここで、自分の正体を明かしてやると、この酒場食堂にいる全員が俺にひれ伏すだろう、はぁっはぁっはぁ。
はぁ~あ。まぁ、そんなことはどうでもいい。次の移住地はどうしようか。
俺がテーブルで腕組をして、ぼんやり考えていると聞きなれた声が酒場の入り口から飛び込んできた。
俺は何となく耳を澄ませる。ベルアミか。開口一番奴はこういった。
「いや~、さすがにお目が高い。この近くに住んでいるウルの旦那は、その筋じゃちょっと名の知れた解呪師でしてね」
その言葉を聞いて、俺思わずつぶやいた。
「……え?」
あ、俺、犯人わかっちゃったんですけど。俺の噂をひろめてる犯人、わかっちゃったんですけど。
しかもちゃんと言えてねーし。ディスペラーだろ。ディスペラー。
ダスペラーってなんだよ。いなかもんかよ。なまりもたいがいにしろ。
俺の頬がひきつる。俺は引き続きベルアミの動向を探ってやることにした。
ベルアミは誰と話しているのか、得意気にはなす。
「もうね、ウルの旦那に頼んどけば、なんでも解決してくれますぜ、お嬢さん」
「そうなのですね、わかりました」
「この酒場でちょいとまっていてくれますかい、ウルの旦那は自分の家を知られることを嫌がるお方でしてね」
「……他人を警戒されているのですか?」
「さぁ、でもお嬢さんなら多分大丈夫でさぁ、依頼を受けてくれると思いやす」
ベルアミの奴、何を根拠にそんな勝手なことをいってやがる。
女は終始どこか困ったような声で会話をしている。
「は、はぁ……そうなんですか」
「じゃ、しばらくここでお待ちくだせぇ、俺がちょっくら小屋に行ってウルの旦那をよんできまさぁ」
ベルアミと女は俺の場所から少し離れた後ろの席に座ったようだ、俺はまだそっちを振り向かない。
キャンデイが胸ポケットからモゾモゾと顔を出す。
「ぷぷ、ベルアミがお客さんをよんできてくれてるなんて、アンタ、ありがとうっていわなきゃ」
「ぐぬうう、ありがた迷惑とはこのことだ。しかし奴は俺の呪いの魔術研究に手を貸してくれている、今回は見逃してやろう……だが依頼は断る」
「そうなの? もったいない」
「小屋の整理をしなきゃならんのだ」
ベルアミと女の会話が途切れる。どうやらベルアミが席を立ち俺の小屋に向かったようだ。
俺は意を決してすっと立ち上がる。こんかいは悪いが断るつもりだ。
俺は首を回し、声のしていた方に視線を向ける。
丸いテーブル席にひとりですわる寂し気な女の背中がある。多分、彼女だろう。
俺は食堂内を進んで、くるりと回り込み、女の前に立った。
そして、伝える。
「ちょっと、そこで話をきいちまってね。俺がウルなんだ、悪いが今回の依頼は……」
「え?」
女はピクリと肩を震わせて、うつむいていた顔をすっとまっすぐに上げた。
潤んだスカイブルーの瞳、頭には修道女の頭巾をかぶっている。
紺色のトゥニカ(修道服)に身を包んだ清廉そうな女子、そして。
胸元のペンダントを押し上げるほどのキョヌー(巨乳)美人。
俺は瞬時に考えを改めた。ようこそおいでくださいましたお客様。
「くっ……詳しく、は、話をきかせてもらおうじゃないか」




