ネイブルバの正体
その時、どこかで怒声が響いた。周囲の騎士たちの視線が一斉にそちらに向く。
次の瞬間、俺の目のまえに黒いフードを目深にかぶった何者かが剣を振りかざして現れた。
そいつは俺の前に来て、すっと背を向けちょびひげの騎士を見上げる。そしてゆっくりと剣をつきだした。
この黒フード、こいつエリヤナか。いや、でもこの騎士たちはどう考えてもラトヴィアの騎士だ。
エリヤナがそいつらに剣を向けるはずがない。
黒フードはじっと身構えている。ちょびひげの騎士は失笑した。
「ぷっ、なんだ貴様は、そんな細っこい剣一本で何をしようというのか」
黒フードは何も言わない。俺は自分の腰に手を当てる。
俺の腰にはいま、あの刀がある。今朝手にいれた”ネイブルバの使徒たち”が祈りを捧げていたあの刀。
正直、この刀がどの程度の呪具かはわからない。どういう効果があるかもわからない。
だが、試してみる価値はありそうだ。俺は黒フードの背中に小さく声をかける。
「……おい、今俺の手元に呪具がある……その力を今からお前に貸すことができる、試してみるか……?」
黒フードは声を発さない。しかし頭が小さく縦に揺れた。
よし。俺は金貨の入った袋を地に落とし、右手で刀の柄をしっかりと握った。
左の指で印を結ぶ。
スキル『のろいがし』の発動だ。
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天地万物 空海側転
天則守りて 我汝の掟に従う
依代 辿憑て 汝血を 寫さん
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呪具:ネイブルバの使徒たちのさびついた片刃の刀
効果:不明
俺の右手に違和感。今、その効果が目の前の黒フードに移ったはずだ。
俺はささやく。
「今、お前に力をうつした、やれるか」
黒フードはすっとしゃがんだ。そして、跳躍。なんと軽々と大馬にまたがっている騎士たちの頭を越えた。
青空を背景に飛び上がる黒フード姿。なんだかちょっとカラスに見えた。
黒フードは騎士たちの後ろに着地すると、体の向きを変えてジャンプを繰り返し、大馬に乗る騎士たちの首筋を次々に打ち据えて気絶させていく。
素早い。目が追いつかねー。
騎士たちは剣を身構えるよりも先に、意識を失い大馬からぐらりと滑り落ちていった。
その間、ほんの数十秒。
気が付くと、その場にいたラトヴィアの騎士は全員が大地に横たわっていた。
俺とバラガムはただぽかんとそれを見つめているだけだった。
最後の騎士を打ち据えた後、黒フードは何も言わず、そのまま消えるように走り去っていった。
俺とバラガムは黒フードを見送った後、お互い顔を見合わせた。
バラガムが目をぱちくりさせて言葉を発する。
「え? え? い、いまのはエリヤナ?……でしょうか?」
「さぁ……そんな気もするが、ち、違うような気もする。大体エリヤナがここにいるわけないし」
「それに、あんなに強いわけもないし」
ま、強さに関してはこの呪具のちからなんだろう。俺はちらりと刀を見た。なかなかすごい呪具かもしれないな。
しかしラトヴィアの騎士を次々となぎ倒すさまは、まるでオネンアス族の伝説にある戦士のようだった。
あ、そうか。俺は今のでピンときた。
「わ、わかった……オネンアス族の伝説の戦士”ネイブルバ”の正体が」
こちらに近づいてきたバラガムが怪訝な表情で俺に聞く。
「え? どういう意味ですか」
「この刀だよ! この刀が”ネイブルバ”なんだ。”ネイブルバ”は伝説の戦士の名前じゃなくて、この刀の名前だったんだ!」
「は、はぁ……そうなんですか」
「そうだ! この刀が”戦神”そのものだったんだ! こりゃすげえや!」
俺はぞわぞわして興奮する。しかしバラガムに俺の興奮は全く伝わらないようだ。
いいんだいいんだ、この呪具の正体が分かっただけで大収穫。よし家に帰ったらオネンアス族の伝説を詳しく調べようっと。
また古本屋めぐりがはじまるかな。それでこの呪具の効果はある程度分かるはずだ。むふふううふふうふ。
と、それよりも。早くここから立ち去らなくては。
俺たちは急いで宿の中に舞い戻った。