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生霊憑き


バラガムは窓の外からこちらに視線を向け、首をかしげながら問う。



「このルルイアが、ディンブラン様に呪いを? なぜそんなことをする必要があるのです」


「多分、ルルイア本人も気づいてない。ルルイアはディンブランに救い出してほしいと願うあまり、ディンブランに自分の分身である”生霊(いきりょう)”を飛ばして憑りつかせちまったんだ」


「いきりょう……?」


「ああ。ふたりを見てみろよ。全く同じだ。ディンブランに現れたこの症状は、ルルイアの症状そっくりそのままだ。失明、まぶたの傷、人の肉をほしがるほどの飢餓感、体から栄養が抜けたことによる熱病。すべて一致する。ルルイアは無意識のうちにディンブランに自分の痛みを移しちまった。これは“生霊憑き“の呪いだ」


「では、その呪いを解くには……?」


「この呪いは、ルルイアがディンブランに救い出されたと思った瞬間、自然と解ける。つまり、あとは二人が目を覚ますのを待つだけだ」


「ワタシのような人間には……いろいろと理解が及びません」


「俺だって良くわかってないさ。でも呪いを見極めるには、人の心を丹念に眺めることが大事なんだ。真実は人の心の中にある」





ふ、きまったぜ。




その時。


ぐぅぅぅきゅるきゅる、と俺の腹がなった。


そういえば昨日遅い昼めしを食べてから、時間が無くて何も喰ってなかったな。


朝ごはんどうしよっかな。


バラガムが苦く笑って言った。




「お腹、すきましたね。ワタシが何か調達してきます」


「お、おう、わるいな」




バラガムは頭を下げて部屋から出て行った。


バラガムを見送った後、俺はベッドから離れて壁際の小さなテーブル前にある椅子に腰かけた。


そこからベッドに眠ったままの王子様とお姫様を眺める。


ディンブランの傷は単なる呪いの”症状”だ。呪いが解ければ消えるだろう。しかし、ルルイアの傷は本物なのだ。


2人が目覚めて、たとえディンブランの呪いが解けたとしても、ルルイアの傷は残る。彼女はすでに視力を失っちまってる。


彼女はもう、故郷の綺麗な海を見ることはできないし、婚約者であるディンブランの顔すら見ることもできなくなっちまった。


何日もの間、あの祭壇の中にある暗い井戸の底で過ごしていたんだろう。あまりにつらい環境で、ついに心が折れて、自ら目を潰しちまったんだ。


そしてディンブランの事を強く思っていた。


彼女があの井戸の底で気を失ったとき。


俺の視界にうつったんだ。


井戸のかべに、何十、いや何百と刻まれた”ディンブラン”という文字。あの井戸の壁中に奴の名が並んでいたんだ。それだけでいかにその思いが強いのかわかった。俺はため息をついた。


なんだかやけに眠たい。椅子に座ったせいか、今までの疲れがどっと押し寄せてきた。


俺は軽く目を閉じて、つかの間の休息をとった。








「……ン、ちょっと」



キャンディの声で俺はびくりと目を開ける。


どうやら少し寝ちまったようだ。俺は目をこすって大きく伸びをする。


見回した部屋の中にバラガムの姿は見えない。まだ帰ってきていないようだ。俺は胸元のキャンディに目をやる。


あくびをしながら声をかける。





「ふぁ~あ……ほ~ひふぁんふぁ(どうしたんだ)?」


「なんだか外が騒がしいわよ」


「そと? もう朝だからな、そりゃ、町の皆も起きてくるころだろうに」




俺はそういいながら、立ち上がり窓による。外を眺めた。


おいおい、なんだこりゃ。


部屋の窓からちょうどこの酒場宿の入り口の正面門まで見通せる。


そこには大馬に乗った騎士らしき男たちが幾人も待機していた。




「なんだぁ? いったい……」




俺は門に行こうとして、ふと部屋の隅にある刀に目をやった。


俺は刀にあゆみよると、柄をつまみ抜身のまま腰巻にすっと差し込んだ。


胸ポケットのキャンディにお願いする。



「おい、キャンディ、ちょっとこいつらを見ててくれねえか、俺は外を見てくる」


「あいよっ!」


キャンデイはそういうと胸ポケットから飛び出してベッド横の小さなテーブルめがけて飛び跳ねていった。



俺は、部屋をでて宿の正面門に向かった。



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