呪いをかけた張本人
俺とバラガムはそれぞれにルルイアとディンブランを背中に担ぎさっきのらせん階段をのぼる。
早めにこの町を出た方がよさそうだ。俺の心は自然とあせる。でも体がついていかない。足が重い。もう年だし。
明日絶対、からだ中が痛いわこれ。
でも、来た時と違って、今は煌々とひかる松明があるから安心安心。
俺のうしろから、バラガムの声が響いてきた。
「ウル殿、さっきワタシが祭壇でぶちのめしたやつらの中に、ラトヴィア城にいたものがひとり混じっていました」
「ええ!? 俺は気がつかなかったが……」
「ワタシは何度かラトヴィア城に出入りした事があったので、偶然気が付いたのです」
「で? その不届きものはどこのどいつだい」
「ワタシたちが城を出る前に、厩舎の前にいた小男です」
「う~ん……俺たちに大馬を準備してくれたやつだったっけ? おじさん、もう記憶力が落ちてるからよくおぼてねーわ……ん、まてよ。てことは?」
「そうです。ディンブラン様がいた貯蔵庫のカギをあけて、彼を逃がしたのはおそらくその小男です」
「確かに、ディンブランが逃げた後、何故か貯蔵庫の南京錠が元通りにしまっていたな。最初っから計画通りってわけか。でもそいつはオネンアス族だったのかな」
「わかりません。仏頂面ではありましたが……」
「そうか……とにかくいそごう、連中の仲間がくるかもしれない」
「はい」
俺たちが隠し通路から広場にとびあがると、すでに空は白み始めていた。
朝焼けを見て、俺は少しほっとする。
昨日の昼間ここに来てからたった一日しか経ってないとか信じられん。濃い、濃すぎるよ、今回の仕事は。
俺たちはそのままの足で町の入り口に向かうと、止めていた大馬にまたがり町を後にした。
ほどなく駆けた森の先。小さな町を見つけて、俺たちは入り込んだ。
とにかくディンブランとルルイアをどこかで休ませなくては。ふたりとも、かなり衰弱している。
俺たちは酒場宿を見つけて一旦そこに部屋をとることにした。
早朝という事で部屋はないかと思っていたが、受付の椅子に座り居眠りをしていたじいさんに声をかけると、二人部屋がひとつだけ空いているという事でそこに通してもらった。
ひとまずディンブランとルルイアをベッドに寝かせて布団をかぶせた。
横に並んだ二人は死んだように眠っている。そして顔には全くおんなじ傷痕。
窓際に立ち外を監視しているバラガムがつぶやく。
「あの儀式はなんだったのですか?」
「ん、ありゃおそらく蟲毒という呪いの術式の一種だろうな」
「なんの呪いなのですか」
「もともと虫やら動物やらを使って行うもんだが、やつらは人間を使っていたんだろう」
歴史上、いつから行われていたかは定かではない。
一つのツボを用意して、そこに何百という虫を詰め込み閉じ込める。
その中で互いを攻撃させあい、食わせあい、最終的に残ったものを神霊としてまつる。
その神霊の力をつかい様々な災厄を呼び起こす術式とされている。
バラガムは吐き捨てるように言う。
「おぞましい。ラトヴィア一族とオネンアス族をあの井戸に閉じ込めて、お互いを……ということですか」
「そうだ。放り込む人間を極限状態に追い込むため、人づきあいを断ち、食事を絶ち心身的に飢餓状態にして井戸に放り込む。そして最後に井戸の中に刀をひとつ投げ与えて、互いを殺し合わせるのさ。その怨嗟をあの刀に封じ込めるというわけだ」
俺は部屋の隅に立てかけてある抜身の刀を指さした。
鈍く銀に光る片刃の刀。錆なのかもともとそういう材質なのか、まだらに濁ったあの刀身ではまともになにかが切れるとも思えんが。
とにかくオネンアス族に伝わる妖刀なのだろう。一体どんな効果があるのやら。
また俺の体を使って研究しなきゃならんな。
バラガムがふとこぼす。
「でも……そんなことで、あの井戸の中で、本当に殺し合いが起こるのでしょうか?」
「バラガム、飢餓を経験したことはあるか?」
「いえ、ないですね」
「ありがたいことに、俺もない。だがな、飢餓状態になった人間はな、目の前にあるものならば”なんでも”食いもんに見えてしまうそうだ」
「ふう、ぞっとします……」
「しかし、今回のエリヤナの依頼はディンブランの呪いを解くことだ、あの蟲毒の術式はディンブランにかけられた呪いには直接関係はない」
「え? ではいったい……」
俺はルルイアに目をやる。
「ディンブランに呪いをかけた張本人は、このルルイアだ」