ルルイア
俺はバラガムの槍斧に黒髪を巻き付けると、体をふちから滑らせて下に降りた。
降りるに連れて強烈なにおいが鼻を突く。どこかで嗅いだことのあるニオイ。
そうだ、これはディンブランを最初に見つけたあの貯蔵庫のニオイだ。糞尿と腐った肉の入り混じったすえた匂い。
俺は慎重に底に降り立ち、見渡す。
「ひでぇ……」
いくつかの動物やひと(?)らしき死骸がころがっている。その隙間にはすでに白骨化したものまである。
ここは”そういう場所”なのだ。何度も何度もここで蟲毒の呪いの儀式を行っていたのだ。
俺は壁際にもたれかかっている女らしき人影に近づいて、まんまえにしゃがみ込んだ。
恐る恐る顔を近づける。
ケホッ
「きぃやああああ!」
女の突然の咳払いに俺は大声を上げ尻もちをつく。
胸もとのキャンディが顔を出していらついたような声を出す。
「あのさぁ! いつもいつも、うっさいのよ! このビビり! アタシ耳が良いんだからアンタの変な叫び声は頭に響くの!」
「い、いやだってよ、びっくりするじゃん。俺びっくり系によわいんだもん」
「なにがびっくり系なのよ。女の子が咳しただけでしょ」
「急に咳するのはなしだぜ、まえもって言ってくれないと、今から咳しますよ~つって」
「予告してから、咳をする人がどこにいるのよ!」
「俺はちゃんとするぜ、屁とかするまえ。放屁いきま~す、っていってるだろ」
「しらないわよ、そんなの! アンタのへの話なんてどうでもいいの!」
あ、また話がそれる。軌道修正、軌道修正。こいつと話すといつもショーもない方向にいっちまう。
俺は姿勢を正しささやくように声をかけた。
「おい、お前さんがルルイアか……?」
「だ……だ、れ……?」
「助けに来たぞ、上にディンブランもいる」
女はピクリと肩を揺らして、顔をもたげた。
こちらに向けた顔。
その顔は泥にまみれ、血にまみれ、擦り傷だらけ。
両のまぶたは閉じられ、そのまぶたの上には生爪でひっかいた無数の傷痕が赤黒く残っていた。
ディンブランと同じ傷。俺は静かに訪ねた。
「お前さん、もしかして……目が見えないのか」
「もう……なにも……みたく、ない」
「自分でやったってのか」
「もう……だれ、も……たすけて、くれない……」
ルルイアはそういうと、ずるりと横に倒れ込んだ。
倒れた彼女の横にさっき投げ入れられた、あの刀が無造作に転がっていた。
俺は急いで彼女を担ぎ上げると、刀を握り、黒髪をつかって井戸からはい出した。