黒髪燃ゆる祭壇内
俺は呪縛の黒髪をくるりと巻き上げ手元に戻す。伸縮自在の蛇のように黒髪はするすると俺の右手を起点に動き回る。
次は台座左にいる司祭にめがけて印を飛ばした。
黒髪は空中をうねりながら集まり、今度は司祭めがけて触手のようにざあっと一斉に伸びていく。
その時、司祭は右手を黒髪にかざしたかと思うと、その手先から青い火柱を生み出した。
ボウッという轟音とともに火柱が黒髪を焼き千切る。あ、あ、俺の呪具ちゃんが。
俺は怒りに叫んだ。
「くっそおお! こいつ火の紋章師か!」
俺は印を崩すと黒髪を一気に巻き上げて手元に戻した。あああ、俺の呪具がぁ燃えちゃった。
絶対許さねぇぞ。このタコスけ。俺は黒髪の残り火を手でぱんぱん叩いて消す。
俺は背中の荷袋を胸の前に回し逆さまにして中にあった”ヒトガタ”七つを地にぶちまけた。
左指で印を結び、一気に七つのヒトガタに意識を飛ばす。ずずっと”俺”が七人あらわられる。
7人の俺は一斉に司祭に駆け寄り飛びかかった。
司祭が慌てた顔で視線を揺らし、次の術を使おうと手を組んだ瞬間。隙ありってそういうことよ。
俺は7つのヒトガタから意識を抜き俺自身に戻した。
そして再び黒髪をぐっと握り奴の首に狙いを定めた。
印を結ぶ。
「きさまは許さん、黒髪を焼いたおかえしだ」
黒髪は一直線にそいつの首に巻き付き、きつく締めあげる。そいつの顔はみるみると青くなり、口から泡を吐いて動きを止めた。
そのままばったりとまえのめりに倒れこんだ。俺はすっと黒髪を手元に巻き戻した。
もう一方の司祭に目を移すと、バラガムがちょうどあごに一撃お見舞いしているところだ。司祭はみごとに呆けた顔で横に倒れた。
俺はくるりと周囲を見まわす。太鼓の音も妙な合唱もやんだ祭壇内は急に静かになる。
松明の火がパチパチと弾ける音だけが響く。とりあえず片付いたようだ。
いつも思うんだけど、戦闘ってほんと一瞬なんだよな。
俺は右手の黒髪を見つめる。先端が縮れて焦げ臭い。まっすぐな髪の先っぽがチリチリになっちゃった。
右胸ポケットのキャンディが、いつの間におきたのか小さく嘆いた。
「やだぁ、オンナの黒髪をやくだなんて」
「いやいやいやいや、俺じゃねーし、焼いたのアイツだし」
「アンタも、ひどいことするわねぇ」
「いやいやいや、でもほら、た、たまには髪型変えるのもいいんじゃねーか」
その時小さなうめき声。
俺はディンブランに駆け寄った。ディンブランはすこし首をかたむけた。
「だ……だれか、いるのかい……」
「ウルだ。もうだいじょうぶだからしばらく寝てろ」
俺はディンブランの無事を確認すると、急いででっかい大穴の井戸のふちをつかんで中を覗き込む。
どこまでの深さがあるのか、下までは見通せない。
「おい! 中に誰かいるか! ルルイア! いるのか!」
その時、俺の背後から光が照らされた。俺が振り返るとバラガムが祭壇壁面にあった松明をとってきてくれたようだ。
バラガムは松明をぐっと井戸のふちに近づけた。
微かに底が見えた。じっくりとみると中に誰かが座りこんでもたれかかっている。
そして、それ以外にも何人かが横たわっていた。死んでる、のか。
俺とバラガムを目を見合わせる。バラガムがつぶやく。
「下におりてみましょう」
「でもかなりの深さだ、俺がこの黒髪を使っておりてみる、なにか巻き付けるところはないかな」
「この槍斧を支点にお使いください」
バラガムはそういうと、槍斧を井戸のふちの地面に深く突き刺した。