隠し通路
この町の、広場中央には噴水がある。しかし昼間にこの町に来たときからずっと水は流れてはいなかったはずだ。
噴水と言っても円形の広場中央に腰の高さほどの石柱があるだけだ。石柱には何かの模様が彫り込まれている。
その丸い石柱の周りを四角い座椅子石が等間隔に円形に並んでいる。
俺は中央の石柱のそばにしゃがんで、影が消えたあたりの場所をゆっくりと指でなぞる。赤石や灰色の天然石が敷き詰められている。
次いで、俺は石畳のゆかを拳でトントンと叩いていく。
少し場所をずらして何度か繰り返すうち、一部、妙に音が響く箇所があった。
俺はバラガムを見上げる。バラガムがうなずいてつぶやいた。
「この下に空洞がありますね、隠し通路か何かでしょう」
「だな。しかしこうも暗いと入口の仕かけが見つからない」
「ウル殿、ワタシの出番ですね」
「ん? お、おい」
バラガムは背中から、するっと持ち手の長い槍斧をぬきだし身構えた。
今日の昼間、どこかの武器屋で手に入れてきた鉄製の槍斧だそうだ。
俺は急いで立ち上がり、その場をバラガムに譲る。
バラガムは深く息を吸い込んで、一歩進むと口元で小さく唱えた。
「深閑石砕き」
ゴッ
ぱっと閃光一瞬。
重い振動音と共にバラガムの槍斧は真下に空気を切り裂き、そして足元の石畳をも突き抜けた。
バラバラと石がくずれ、ぽっかりとした穴が月明かりに照らされた。
俺の口から勝手に言葉がこぼれ落ちた。
「……ほっ……すんげぇな」
つづいて、胸元でキャンディの声もきこえた。
「ひゃあ、すごい、すごい!」
こいつ、ほとんど音もさせずに石を砕きやがった。
バラガムは得意気にこちらを見た。
「どうです。ワタシは斧を振りまわしてこそ、でしょ?」
「いや、ホントにすごいよ、お前さんは」
ちょっと抜けてるとかなんとか思っていたが、こりゃすげぇや。
戦士系の紋章師の真価ってのはこういう事か。単なる戦闘要員ではなく隠密行動にもその能力が発揮されるとは。
俺たちは互いに顔を見合わせると、急いで穴に滑り込んだ。
俺たちは身をかがめつつ、ゆっくりと階段を下りていく。どうやら螺旋階段になっているようでぐるぐると下に続いている。
それにしても一体ここは何なんだ。なぜ町の中央広場にこんな隠し階段があるんだ。
この町は昔オネンアス族の砦だった。その名残だろうか。
もともと、この町全体が外敵の侵入を想定した要塞になっているのかもしれない。
確かに町の造りが妙だった。どれも同じ建物で見分けがつきにくく、迷路のような細い道が連なっている。
そしてやけに上に高い屋根。おそらくこの道も砦の逃走用の仕掛けかなにかなのだろう。
俺たちは足音を潜めてさらに螺旋階段を下りて行った。この闇の奥に一体何があるのだろうか。