月と影との鬼ごっこ
俺たちは息をひそめて小さな影を追いかける。幸い今日は満月にちかい。青白くあたりを照らしていくれている。満月にみまもられながらの鬼ごっことはおつなもんだな。
ある程度明るいとはいえ、一瞬でも目を離すと逃しちまう。そいつは思いのほかすばしっこい。
くそう、もう少し潜入系の呪具でも持ってきとけばよかった。今回はどう考えても準備不足だ。
ディンブランの奴が急に逃げやがるから。まぁ、誰かのせいにしても仕方がないんだが。
今持ち合わせの呪具で勝負しなくては。
それに俺には最後のカード、斧の紋章師バラガムちゃ~んがいるからな。期待してるぜ。
小さな影はすいすい先へいく。闇へ闇へとまぎれていく。しかしこちらに気が付く様子はない。
どうやら俺が船に乗り込んで、すでに海の上で死んじまったと思い込んでいるようだ。
これは実に好都合だ。”傀儡術”を使ったかいがあったってもんだ。
もしかすると予想外のものが釣れるかも。
ふと気が付いた。俺たちは見覚えのある風景を進んでいる。そうだ、この道はエストスの家へ続く道だ。
まさか、エストスまで”ネイブルバの使徒たち”のメンバーだってのか。だとするとディンブランが危ねぇ。
バラガムも気が付いたようで、後ろから密かな声が聞こえる。
「……ウル殿、この道……」
「ああ、あいつ、エストスの家に向かってやがるぞ」
「奴がエストス本人でしょうか」
「いや、エストスよりは小柄に見えるが……とにかく、奴がもしエストスの家に入ってもすぐには突っ込むなよ」
「では、どうすれば」
「そうだな、俺は奴の追跡を続ける。お前さんは奴が家を出た後、家の中を確認してくれ」
「はい……わかりました」
案の定、小さな人影は明かりの消えたエストスの家の扉に滑り込んだ。
俺たちはエストスの家の壁際にしゃがんで息を殺す。耳を澄ませるが、かすかに衣がすれるような物音がするくらいだ。
その時、扉から再び影が飛び出してきた。さっきよりも影がでかい。どうやら背中に誰かを担いでいるようだ。
担がれた誰かはローブをかぶされぐったりしている。
俺はバラガムを見る。バラガムはうなずくと、急いで家の中に忍び込んだ。
俺は壁際から背中をはがして、影の尾行を再開した。
影はさっきよりはるかにゆっくりと進む。さすがにひとを一人担いでの移動はかなり骨が折れるだろう。
担がれているのは、状況からしてディンブランだろう。
その時、すぐにバラガムが追いついてきた。
バラガムは俺の背中に小声で報告した。
「先ほど、家の中でエストスが縛られ片足を折られていました。ひとまず縄を解き簡単な手当だけはしておきましたが……彼からディンブランを頼むとのことづけが」
「そうか。じゃあエストスは”ネイブルバの使徒たち”のメンバーではなかったって事か……」
「そのようです。正直、やつも疑わしかったですが」
「お、どうやらあいつは広場に向かっているようだ」
俺たちは、広場の手前でとまり、近くの木の陰で腰を落とした。
影は広場の中央できょろきょろと周囲をみまわしたかと思うと。
消えた。
俺は思わず声が出た。
「んあ!?」
俺とバラガムは一瞬お互いの顔を見た後、すぐに立ち上がってその場に駆けた。