傀儡術:くぐつじゅつ
ふうむ。ルルイアの描いた様々な人の肖像画の顔の向き。これに何か深い意味があるようにも思えん。
たんに街の人たちの顔で絵の練習をしているだけに過ぎない。しかしこの絵は俺にある種のひらめきを与えてくれた。
考えてみれば”ネイブルバの使徒たち”のメンバーが誰なのかわからないのだ。もしかするとそこら中にいる可能性だってあるんだ。
さっきすれ違った年を取った男、酒場にいた給仕の女、そして古道具屋のビットリ。皆に可能性がある。
今夜、少し試してみるか。俺はある呪術を使うための道具を作ることにした。
ルルイアの家から出ると近場の茂みで適当な木を見つけ、手のひらのサイズに切り取る。
そしてそれをナイフで削り”ヒトガタ”をつくる。
必死で木を削る俺にキャンディが聞いてきた。
「なにしてんの? ひとのかたち?」
「そうだ、これは”ヒトガタ”といってな。呪術ではよく使う道具だ。わら人形とかあるだろ、あれも”ヒトガタ”の一種だ」
「へ~……え? てことはアタシもそのヒトガタ?」
「ビンゴゥ。ぬいぐるみもヒトガタの一種だよ。意味もなくお前がぬいぐるみに封じられているわけじゃないんだ」
「もっと、カワイイのに封じ込められたかったわ」
「十分かわいいじゃねーか」
「やだ、なに、きもいこといわないでよ」
「てめー、お世辞ってもんを知らねーのか。こっちの木の人形に変えてやるぞ」
「やだあああ!」
ヒトガタってのはだな。
頭、からだ、両手、両足、各部位が分かれていさえすれば、ひとまずはその意味を成すことができる。
今俺が木で作っているのは”傀儡術”に使うためのヒトガタだ。この術はいってみりゃ、目くらましの一種だな。
このヒトガタに呪法をかけて俺の意識を込める。すると他人から見れば俺とそっくり同じ姿の人間にみえるんだ。
ただ、この術は時間が限られるし難しい動作はできない。それに言葉を発することもできないから、使えるタイミングは限られちまう。
ま、ひとまず、準備して夜をまとう。
町が寝静まった夜中。月明かりが周囲を静かに照らす。
俺は孤島に運んでくれるという漁師の男と船着き場で待ち合わせをしていた。
岩場から海へのびる小さな木のはしの先、手漕ぎの小さな船がゆらりととまっている。
そこに乗り込んでいるこぎ手が、こちらに手を上げた。
俺はフードを目深にかぶり、音もなく橋の先へたどり着く。そして小舟に足を踏み入れて、乗り込んだ。
こぎ手の男は小さくたずねてきた。
「ふたりって聞いてたが、ひとりでいいのか?」
俺は小さくなずく。
そして船の先頭の方にすすみ腰を降ろした。
男はさっそく、いそいそと出航のじゅんびをすると勢いよく橋を蹴り、舟を海に放つとこぎ出した。
風と波の音しかしない真夜中の海の上。しばらくゆらりゆらりと進んでいく。
ある程度まで来たところで、こぎ手がふと手を止めた。
俺は周囲を見渡すが、孤島などどこにも見えない。
やはり。
気が付くと俺の船の周囲にはいくつもの小舟がうかんでいた。大勢のかげに囲まれている。
こぎ手の男が小さく話した。
「あんたが誰かは知らんが、す、すまねえな……」
こぎ手の男が海に飛び込んだとたん、俺の体中にあちこちから飛んできた鉄の矢が突き刺さった。
と、そこで俺の意識は自分の体にまい戻った。
俺はふと目を開ける。
目の前にはバラガムの心配そうな顔。ここは船着き場のすぐ近くにある岩場の茂み。
バラガムは俺と目が合うと、不安げに話しかけてきた。
「……だ、大丈夫ですか? なんか石にでもなったようにしばらく動きませんでしたが」
「ああ、ちょいとまだ意識がはっきり戻らんが……ま、思った通りだ」
「あのビットリのじいさん、やっぱりくわせものだったんですね」
「のようだな」
俺は左手の指でつくっていた印を崩して”傀儡術”を解いた。
はっきりと意識が戻る。
やはり今まで俺たちが出会った誰かと”ネイブルバの使徒たち”のメンバーが通じていた。
バラガムが小声でつぶやいた。
「ウル殿、見てください、誰かいます」
俺たちは、さっき俺の分身が船に乗り込んだ船付き場に目をやる。
人影が橋の先にたっている。沖の方を確認するような仕草を見せた後、すっと陸地に戻ってきた。
俺はおおきく息を吸い込んだ。
「よし、アイツを尾行するぞ」
「はい」
俺とバラガムは立ち上がった。