絵の中のディンブランはずいぶん美形です
ビットリと別れた後、俺とバラガムは近くの酒場で少しばかり遅い昼食をとる。バラガムはテーブルの席についてからも終始うつむき加減だ。
さっきのビットリのじいさんの話はどーう考えても聞き心地のいい話ではないからな。もう解放してやるか。俺は前の席に座り静かに食事をしているバラガムに声をかける。
「おい、バラガム。ここまで来てくれてありがとよ、お前はここまででいいぜ。お前さんの本来の任務はエリヤナの護衛なんだから」
「いえ……そんな」
「いいってことよ! こっからは俺の仕事だからな。お前さんはもう帰りな」
バラガムは急に目をかっと開いて俺をみつめる。そして声高に話しだした。
「ワタシが宮廷魔術騎士団に入ったのは、ならず者どもを打ちのめす為。いまその機会が目の前に迫っているというのに」
「お……おう、そ、そうなのか」
「しかしワタシが副隊長から受けた任務はあくまでもエリヤナの監視と護衛です。宮廷魔術騎士団としては命令のない戦闘への参加はできません、ワタシは残念でならない!」
バラガムはどんっと拳でテーブルを叩いた。テーブルに乗っていた食器類がガチャンと音を立てて軽く浮いた。
あら、てっきり怖がっていたのかと思ったら違ったようだな。意外と好戦的なのねコイツ。それにいささか気が早い。
別に今夜、孤島に殴り込みにいくと決まったわけでもないんだが。だがしかし、その熱い思いは伝わってきた。
ま、もう少し一緒に来てもらうか。その時、バラガムのほうから提案が出た。
「ウル殿、ワタシは上官の命令なく相手を殺めることはできませんが護衛という名目ならばあるていどの戦闘は可能です。今からこの辺りの店を回り武器を調達してきます」
「え? いいのか?」
「もちろんです。ウル殿が言ったではないですか。ワタシは”斧を振り回してればいい”と。そのご希望を聞き入れましょう。では。夜までには戻ります」
バラガムはそういうと残りの飯を口の中にかきこんで、いそいで店を出て行った。
なんだか急にキリっとした表情になりやがったな。正義感の強い奴のようだ。
俺は食事のあと、ルルイアが住んでいたという家にキャンディと一緒に向かった。女の子の部屋に入るんだからおっさん一人ではこころもとない。
どれも同じような石造りの建物で見つけるのに苦労したが、部屋の中に入ってそこがルルイアの家だと確信できた。
扉を開いた部屋の先、壁にディンブランの肖像画が飾ってあったからだ。
目を開いているディンブランの顔。絵の中でだが、初めて見にする。
胸ポケットのキャンディがつぶやいた。
「わぁ……きれいね」
「だな、ま~、ちょっと、美しく描きすぎてる気もするがな」
「アンタ、美形の男にたいする嫉妬はみっともないわよ」
「そ、そんなんじゃねー、とは言い難い。ディンブランの奴もあの目の傷さえ消えてしまえば絶世の美男子だろうな」
俺はぐるりと部屋を見渡す。
テーブルと炊事場、それに寝台。生活のすべてがこの部屋でかたづいてしまうような小さなひと部屋。
ルルイアの両親は幼いころになくなっているそうだ。彼女はこの辺の人たち皆に世話されて育ったらしい。
今は、近所のいろいろな店を日替わりで手伝い、そこで得た収入で質素な生活を送っているようだ。
そんな片田舎の女の子が、領主の息子と出会い恋に落ちたというわけか。はぁ、なんだか甘酸っぱすぎて胸が痛くなる。
おっさんとしてはこういう話は応援したくなっちまうなぁ。
ま、それは置いといて。何かルルイアの残した手がかりはないのだろうか。
ルルイアは数週間前、突如働いていた店に無断で来なくなった。そこで心配した雑貨店の女店主が家を見に来て、いなくなったことに気が付いたらしい。
しかし、身寄りがないためとくに誰かが探すという事もなくそのままだったようだ。
ディンブランがあの状態でなければもっと早くに探し始めただろうが。
しかし数週間となると生存の確率はかなり低いのではないかと思ってしまうが。
俺は何となく部屋のあちこちを見て回る。
いつの間にか俺の胸ポケットから飛び出していたキャンディの声がする。
「ちょっと、ウル」
俺は目をやる。
キャンディがテーブルの隅に置いてあった木箱を開けてこちらに大きく手を振っている。
俺が近寄って木箱を覗くと、中には筆やら紙やらが乱雑に入っていた。
俺はつぶやく。
「絵画用の道具だな」
「そうみたい、中にあるこの紙の束を見て、いろんな人の似顔絵が書いてある」
俺はキャンディのめくっていた紙の束を手に取りペラペラと眺める。
お、ビットリの顔やエストスの顔も描かれている。ルルイアは肖像画が得意なようだ。
どれも見事な色づかいで、顔が立体的に浮き上がって見える。
俺の肩に乗って一緒に見ていたキャンディがぽつりとこぼす。
「なんだかさ、何かが違わない?」
「ん? どういう意味だ」
「なんだろ……もう一度めくってみてよ……あぁ、顔の向きが違うのか」
俺はその言葉を聞いた後、もう一度束の最初からペラペラとめくっていく。
確かに右向きの顔と左向きの顔、そして正面の顔、三種類くらいの角度の顔が何十人も描かれている。おそらく近所の知人や友人の顔だろう。
男女でわかれているわけでもないし、年齢で分けられてもいない。無作為に色々な人の顔がならんでいる。俺はふと壁にあるディンブランの肖像画を見上げた。
目を開けたディンブランは、左側を向いていた。俺はためしにビットリとエストスの顔のページをめくった。彼らは、右を向いていた。