行方不明
俺は両手をあげて、いったんディンブランの話をとめた。
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくれ。順序だてて説明してくれなきゃわからんよ」
「順序も何も。これが僕が父の逆鱗に触れた原因なんだよ」
「う~ん。まぁ、他種族間の婚姻は珍しいっちゃ珍しいが」
「それに、他種族間というだけでなく、ラトヴィア家とオネンアス族の過去の因縁もあるからね。ウルも貴族ならばある程度の歴史書には目を通してるでしょう?」
「ああ、まぁ。お前さんの一族の過去のいきさつくらいは知っているが……ただ、俺がエリヤナから聞いているのはお前さんがここに絵の道具を買いにきていたという事だけだ」
「もちろん、最初はそれがきっかけだった……でも僕はここで、ルルイアと出会ってしまったんだ。彼女は良く海辺で絵を描いていた」
絵をきっかけにして、ディンブランとルルイアは人知れずこの町で逢瀬を重ねていたようだ。
男女がお互いに惹かれあって恋に落ちる。別に何もおかしい話じゃない、自然の事だ。
しかし、二人に忍び寄った暗い影は、ラトヴィア家とオネンアス族の過去の歴史だった。
彼らが結ばれることを良く思わない連中がオネンアス族の中にも多数いたというのだ。
過去に自分たちの民族を虐殺したような支配者の一族との婚姻などはオネンアス族に対する裏切りだと非難する者もいたらしい。
惹かれあう男女の仲を引き裂こうとするのは、双方の身の上だったのだ。
その為、ディンブランは双方の懸け橋になろうと奔走した。
ディンブランはこの地を何度も訪れて町の人たちの話を聞いた。
そして過去にこの地で亡くなったオネンアス族の者たちの魂を鎮める意味を込めていくつもの慰霊碑を立てていったらしい。
それも誰の手をかりるでもなく、たった一人で何度もこの地を訪れて、だ。石を運びなくなった者たちの名を刻む。それを何十も、何百も繰り返す。
なみの精神力じゃできない芸当だ。
ディンブランは静かに続ける。
「みな、オネンアス族は無表情で怖いという。でも違う。彼らはとても豊かな心をもっている。彼らは絵がうまく、手芸品をうまく作る。それこそが彼らのこころがゆたかな証拠なんだ」
「そうか……俺も彼らの表情は怖いと思っちまってたな」
「彼らは僕らと感情表現の方法が少し違うだけなんだ、彼らは芸術品を通して感情を表現するんだ。でも……」
「ん?」
ディンブランの表情がくもる。ディンブランは言葉をつなぐ。
「でも、父は彼らを野蛮人だとののしり、知性の劣る下等な部族だとさげすむんだ。彼らの過去の風習をもちだして……」
「……オネンアス族は、過去に人間族を食料にしていたという、あの史実か?」
「そう。父はそんなけがれた血を我が一族に入れるのかと、激高してしまってね。それに、僕は体が弱く、もともと父には失望されていた」
「それに加えて、過去に虐げていた歴史のある他種族との婚姻か」
「今や父は僕を本気で殺そうと思っているかもしれない、そんな中で僕の体がこんなよくわからない状態になってしまったんだ」
「その話だけだと、お前さんに、一番強い負の感情を持っているのはおやじさんに思えるかもしれんがな」
「え? 僕にのろいをかけた張本人は父だという話じゃないのかい?」
俺は言葉を選ぼうかとも思ったが、やめた。はっきりと言ったほうがいいような気がする。
「正直な。おやじさんがお前さんをどうにかしようってんなら、呪いなんて回りくどいもんに頼る必要はない。俺を見てみろ、俺は直接おやじからお前はべリントン家にいらないって言われたんだぜ?」
「じゃあ、一体……」
「お前さん、俺に人の肉を食わせろって言ったのを覚えているか?」
「僕がそんなことを? 一体いつ……」
「覚えてないのか……」
だとすると、あれはディンブランの言葉ではない。あれは誰の言葉だ。オネンアス族の、誰か。
俺はふと気になった。ディンブランの婚約者だという彼女の事が。俺は聞いた。
「ディンブラン、そのルルイアという娘さんはどこに?」
「それが……ルルイアは、いま行方がわからないんだ」
「いつから?」
「エストスがいうには、数週間前から……だから、僕はこれから彼女を探さなきゃならないんだ」
ディンブランの婚約者がいなくなった。なんだ、何がどうなっているんだ。