オネンアス族はちっさいな★
俺は古道具屋を後にすると、ひとまず海の見える方向にあるいていく。海なんていついらいか。砂浜を素足でかけたあの頃。俺も若かったな。
とまあ、そんな冗談はさておき。
古道具屋が言った”エストス”と言う奴がどんな人物かはわからないがとりあえず名前が出た以上調べてみるとしよう。
俺は家の隙間をぬって歩く。緩やかなくだりの坂道と階段がずっとつづく。
俺は一度立ち止まり、ふと、後ろを振り返った。どの家々も見上げるほどに高い場所にある。
その時、今しがたすれ違った人たちがこちらを見ていたような錯覚にとらわれた。まるで今までこちらをじっと睨みつけていたような。なんだか、ちょっと背筋がさむくなる。俺はあえて気にしないようにしてくるりと向き直りまた海へ向かう。
どうも町全体が嫌な空気だ。気のせいかもしれないが、すれ違う人たちはみな、どこか特徴的な顔だちしている気がする。
最初に見た古道具屋の男と同じく、妙に表情がかたいし、すこし下に尖った鼻、そして小柄。
今まで見た全員が、俺のあごの下にも届かない背丈だ。
あ~そうだ、そういえば。
俺は昔読んだ歴史書を思い返す。
もしかすると、彼らは昔この地にいたという先住民族の血が入っているのかもしれない。
ラトヴィア家に土地を奪われ、城を奪われ、僻地においやられた先住民族は”海小人族”と呼ばれていたそうだ。
たしか海小人族の特徴がそういったものだった気がする。小柄でやや表情や感情に乏しいと。
その時、胸ポケットのキャンディがモゾモゾト顔を出す。
「ふぅ……なんかしょっぱいニオイ」
「お目覚めかな、おじょうさん。ここは海の真ん前だからな」
「なんだか、周りからいっぱいの人の気配を感じるわよ、アンタ、またなんかまずいことしたの?」
「またってなんだ、またって。俺はなんもしてねぇさ」
少なくとも”俺は”なんもしてねえんだが。
過去にラトヴィア家の一族がここの先住民族”海小人族”たちにした行為は語り草になっている。
ラトヴィア一族はこの土地に後から来た。そのさいに、武力を見せつけ先住民族を都合よく扱った。しまいには領地から追い出し、僻地に追いやった。
そして、そこで、大勢の命を奪ったそうだ。根絶やしまではいかなかったそうだが。土地の権利をすべて放棄させるほどには彼らを追いつめたとされている。だがその時、なんでも海小人族のなかにとんでもなく強い戦士が1人いたらしく、そいつのおかげで全滅は免れたという伝説がある。
だが、それも何百年も前の話で、いまはそれなりに良好な関係を結んでいるとはきいているのだが。
実は、そうでもないのかもしれない。歴史的な恨みというのはそう簡単には拭い去れない。ふとしたときに、その古傷から生々しいほどの赤い血を流すものだ。
ほどなく家が途切れる。さらに岩場をおりきると小さな浜辺。
俺は周囲を見渡す。ざざっと涼しい音だけが聞こえる波打ち際には、誰もいない。すくなくとも俺の視界には誰もうつらない。特に何も期待してなかったとはいえ、今おりてきた道をまたのぼらなきゃならんというこの徒労感。
キャンディが前言ったみたいに便利な呪具はガンガン使ってやろうかという欲望に囚われる。いや、いかんいかん、呪具はここぞというときに使うのだ。壊してはいかん。大事に使うんだもん。
その時、キャンディが不思議そうにつぶやく。
「なんだか、足元に何かいるみたいよ」
「は? あしもと?」
俺が足元の赤茶けた砂浜に目をやった途端。俺の股のあいだ、砂の中からずるりっと二本の手が伸びてきてそれぞれが俺の足首をがっちりとつかんだ。
「ちっ!」
ああ、もうやだ。
俺はちいさく舌打ちをして、すかさず後ろの荷袋に手を伸ばそうとしたが、遅かった。
続いて、砂浜の中から、つるのような何かが飛び出して、俺の両の手首に巻き付く。ピンとはって俺の手の自由を奪う。
俺は砂浜の上で石人形のように動きを封じられた。そして俺の喉元に冷たいひとすじの感触。
俺の首元に後ろから手が伸び、その手には短刀が握られている。短刀は俺の喉仏の真上にあてられていた。
後ろから押し殺したような低い声がする。
「お前……いったい何を嗅ぎまわっていやがる」
「い、いやさ。お、俺はラトヴィア家に雇われている下働きのアーノルドってんだ」
「アーノルド? 聞いた事のない名前だ」
短刀がぐっと俺の喉元におしあてられる。あああああ、やべでぐれぇえええ。俺はあわてて説明する。
「さささささ、さ、さ、最近雇われたんでね。でででで、でディンブラン様の使いでここに魔獣皮紙を買いに来ただけでさ。ふふふふ、ふ、ふ古道具屋の店主からエストスという名を聞いてその人に会いに来たんだ」
「……エストスに何の用だ」
「ま、魔獣皮紙をすこしばかり譲ってもらおうと交渉に来ただけなんだ。だから、そんな物騒なもんはしまってくれ。俺の喉なんて切ったところで何のたしにもなりゃせんぜ」
「背中にしょってるデカい荷袋はなんだ」
「毛だよ、毛」
「……け?」
「そ、そうだ。か、絵画用の筆の材料さ。あとは魔獣皮紙さえありゃ、今日の使いは終わりなんだ」
「そうか……なるほどな筆用の毛か、毛の素材は大事だからな」
おもいっきり適当な事を言ったが、信じてくれたのか。ナイス、俺。できる子、俺。
しかし、男の言葉は俺の予想外だった。
「では、お前の事を、ディンブランに聞いてみるとしよう」
次の瞬間、俺の肩筋に電撃のような強烈な痛みがはしった。
ふと視界が暗くなる。俺はそのまま眠りにつきおとされた。