呪具『じゅばくの黒髪』
俺はエリヤナに頼み、ラトヴィア城の大馬をちょいと拝借させてもらった。厩舎の前で掃除をしていた小男にエリヤナの使いだと伝えると、小男は仏頂面でニ頭の大馬を指さした。
そいつに聞くと、厩舎から大馬がいっぴきいなくなっていたそうだ。ディンブランが乗ってどこかへいったのだろう。目が見えない事をかんがえると、徒歩で逃げたとおもっていたが。
目が見えない状態で、大馬を使えるほどとは恐れ入った。
俺とバラガムは大馬で駆けた。そして昼前には、エリヤナが言っていた海辺の町へとたどり着いた。
凄い風景だ。強い風に手をかざして見上げると左は崖、右は海。海沿いのがけのもとに石壁の家が段々になり密集している。まるでがけを切り崩して作られた岩の要塞だ。
ここがエリヤナの言っていた
”ネイルンバシアの砦町”だ。
ここは、むかし先住民族たちの砦だったらしい。
俺とバラガムは大馬から降りた。馬を入り口付近の木につなぐ。赤茶けて崩れそうな石門をくぐりぬけて町に入り込む。
すると、すぐにまがりくねった石階段があり、俺たちはゆっくりと降りていく。
後ろからついてくるバラガムがふとたずねてきた。
「ウル殿、その背中のおおきな荷袋。随分とおもそうですが、よければワタシが持ちましょうか」
「ほ、気が利くねぇ。だが、ここには大量の女の髪の毛が入っているぞ」
「えっ、かつらですか? う、ウル殿はそういった趣味があるのですか」
「そーそー、だから、みちゃいや~ん♡」
「もういいですっ。エリヤナにとりあえずウル殿の手助けをしてほしいと言われてついてきたのに、そんな冗談ばかり」
バラガムはふてくされてしまった。でもね、べつに冗談じゃないんだけどね。
この荷袋には本当に髪の毛の呪具が入っている。
『じゅばくの黒髪』だ。
その昔、叶わぬ恋に身を焦がした鬼女族のタタラカという女の呪いがかかった数メートルにも及ぶ長い長い黒髪だ。
恋敵を呪い殺そうと毎日怨念をこめて作った自分の髪の毛だというからな。
まーすごい束の黒髪だから見た感じ凄いっす。ほんとに。でも効果はなかなか。
これは相手の体に巻き付いて、動きを封じるものなのだ。
今回ディンブランが狂暴化していると聞いてたから使えると思って持ってきたのだが。できれば使いたくない。
もうすんごいの見た感じが、いやまじで。うねうね動く数千万本の髪の毛、ほら、想像してごらん。すごいでしょ。
真っ黒いミミズがいっぱいいるみたいで、マジですんごいの。
俺たちは階段を下りきって石畳のまるい広場にたどりついた。ぱっと視界が開ける。そこからしばらく街中をウロウロしているとエリヤナの言っていた古道具屋のたて看板が見えた。
”ビットリの古道具屋”だ。
俺たちは立て看板を横目に、間口の広い店内に入りこえをかけた。するとカウンターに初老の男が現れた。
しわだらけの額にワシ鼻の男。男は面倒そうに言葉を投げた。
「なにか買うのか?」
「ああ。ちょっと、この羊皮紙について聞きたいんだが」
俺はズボンのポケットから千切れた羊皮紙のはしを取り出して男に手渡した。
男は受け取ると、光に透かして目を凝らしてみたり、指で裏表の表面をなぞってみたり、さいごには匂いを嗅いだ。
本当にこれで何かわかるんだろうかな。俺は不安になってきた。
男は俺の不安なんかお構いなしって感じで軽く話してきた。
「こりゃ、うちが仕入れている羊皮紙だね、羊皮紙というか……魔獣皮紙だがね」
「魔獣皮紙か、珍しいもんのようだな」
「白銀牛の皮だね、白くて弾力がある。繊維がこまかくてね。色をつける絵画にはもってこいなんだ。高級品だが」
「今ある分、全部くれないか」
「いや、駄目だね。先客がある。まえもって話をくれなきゃ、売れないな」
「その先客に譲ってくれるよう交渉してくれないか、こっちはラトヴィア家からの注文なんだ。高値で買い取るよ」
男はむすっと黙り込んだ。どこか警戒するように視線をじろりと俺にむける。
男は、こころなしか小声になった。
「ディンブラン様の使いか?」
「そうだ」
「ふうむ……ディンブラン様からのお言いつけだったら、どうだろうね。エストスのやつならば譲るかもしれないよ。ただ自分で交渉してくれ。俺はそういう”脅しあい”は苦手でね」
「エストスだったのか。そうだな直接頼んでみるよ、いまやつはどこに?」
「さぁね、またぞろ海にでも行って絵を描いてるだろうさ」
「そういえば、そうだな。ありがとよ」
俺たちは店を出た。少し歩いたところでバラガムが不思議そうに聞いてきた。
「ウル殿、エストスとはだれですか?」
「知るわけないだろ」
「え? だって今さっき知り合いみたいに話していたじゃないですか」
「あのなぁ、話を合わせただけに決まってんだろ。何を言ってんだお前さんは」
「そうなんですか。てっきり友人なのかと……」
はー、やっぱだめだ。バラガム、お前さん宮廷魔術騎士団になるには素直すぎるかもしれん。
今の見習いのうちに、いろいろと気づいてくれたらいいんだが。おっさんは、君の行く末が心配になってくるよ。
ま、それは置いといて。
白銀牛の魔獣皮紙というもは珍しいものであり、絵かきが好むもののようだ。
だとすると、他にもそれを買いに来る客がいるかもしれん。絵描き同士の交流みたいなものがあるとすれば。
その中にディンブランの知り合いがいるかもしれない。望み薄ではあるが確かめてみるかな。
俺はバラガムにしばらくあの古道具屋を見張るよう頼み、エストスという男を探しに海辺に出ることにした。