記憶をたどり想像の道を行く
朝、貯蔵庫からディンブランの姿が跡形もなく消えていた。
おかしい。俺が来た時、貯蔵庫の扉にある巨大な南京錠のカギはかかっていた。
ディンブランがカギを持っているはずがない。という事はディンブランが貯蔵庫の外に出た後に、南京錠のカギを閉めた人物がいるという事になる。
逃亡を手助けするような協力者でもいるのだろうか。
俺は再び南京錠をかけておいた。なにごともなかったように装ってはみたが、ディンブランの逃亡がバレるのは時間の問題だ。
俺は色々と考えつつも、急いでエリヤナの部屋まで飛んでいく。ちょっと悪い気もしたがエリヤナの寝室の扉を強めに叩いた。
エリヤナは不機嫌そうな顔で扉を開けた。うお、す、すっぴん。
エリヤナは目をこすりながらあくびをしかけたが、俺の話を聞くとあくびをしながら顔色を変えた。
「ふぁぁ……ふぇえっ! に、兄ふぁんが逃げふぁ!?」
はぁ。あくびをするか驚くかどっちかにしやがれ。
エリヤナはあたふたとしながら俺を部屋に招き入れると、白いネグリジェの上から上着を羽織ってベッドに腰かける。
口もとに手を当てて考え込んでいる。不安げな声で小さくこぼした。
「もう……目が見えないっていうのに、なにしてるのよっ!」
エリヤナは、知らない。あの貯蔵庫の中がどれだけひどい状況だったか。
自分の糞尿にまみれながら、あんな場所に縛られているくらいなら逃げ出したくなるさ。
俺はエリヤナに話す。
「俺が思うに、あいつは相当な記憶力と創造力を持っているやつだ。たとえ目が見えなくてもある程度はどこへでも行けるだろう」
「まさか……そんなことが」
「でもな、逆にそれがヒントになる」
「どういう意味です?」
「あいつは今、目が見えない。だから自分の記憶の中にある風景に頼るしかないんだ。記憶にない場所にはいかないはずだ。おそらくよく覚えている道を通って、よく覚えている場所に向かう」
「兄さんが良くいく場所……もともと、あまり城から外に出ない人だから……」
エリヤナは爪を噛みながら床を見つめている。
おっと、そうだ。そういえば貯蔵庫で拾ったもんがあるんだった。
俺はさっき貯蔵庫で拾ったディンブランの落とし物をズボンのポケットから取り出して、エリヤナに見せた。
エリヤナはふと俺の手にある小さな羊皮紙の破片に視線をむける。俺は話した。
「この羊皮紙は、俺があいつに渡したものだ。千切れた破片だから逃げる時、落としたことに気が付かなかったようだ。これは何かのヒントになるか?」
「あっ……そういえば、昔兄さんが言っていました。その羊皮紙は羊の皮じゃなくって、なにか珍しい魔獣の皮から作られているんですって。表面が白くて顔料がにじみにくいから絵を描くには一番いいって。その羊皮紙を買いによく商人のところにいっていた気がする。たしかその商人しかその特別な羊皮紙を扱っていないそうなんです」
「商人か……あいつの逃亡先としては考えにくいなぁ。だが一応聞いておこう」
「ここからさらに南、海辺の町にある古道具屋だったと思う」
「他になにか心当たりになる場所はないか?」
「ううん……兄さんにとっては絵が全てだったから、今は、その商人のところに良く画材を買いに行っていた事くらいしか浮かばないです」
「そうか、じゃとりあえずそこに向かってみるよ」
「ありがとうございます。私も城の中でなにか気になることがない調べておきます」
俺はその海辺の町の名前と道具屋の名前を聞いて、すぐに向かうことにした。
お、そうだ、とりあえずエリヤナに”貸してほしいもの”があるんだった。
俺は伝えた。
「エリヤナ、お前さんの監視人、バラガムをちょっと借りるよ」
「え? あ、は、はい。でもバラガムで大丈夫かしら。彼、ちょっと抜けてるところがあるから」
俺はバラガムの海のような色をしたでっかい目をおもい浮かべる。あぁ、たしかに不安だ。
ウル殿がそういったから、なんて言葉をまた聞く羽目になるんだろうな。
まぁ、いまはあいつしかいないんだから仕方がない。頼むぞ、斧の紋章師バラガムさんよ。