斧の紋章師、バラガム★
で、とりあえずディンブランの着替えを持って貯蔵庫にもどってきたはいいものの。
俺は考え込む。
目の前には、ひざを前に折り曲げて三角に座っているディンブランの姿。俺は鎖を調べる。
やつの両肩からばってんに鎖がかけられて腰に回されている。
俺は奴の背中に回り込む。
鎖は後ろでディンブランの両手首に巻き付けられ縛ってある。そしてすぐ後ろにあるクサビで石床に打ち込まれているようだ。
もうほんっとに雑。雑な仕事。やけくその拘束って感じだわこりゃ。ディンブランの周りの床にはおそらく拘束術の魔法陣があるものの、糞尿で流されたのかすでに線は崩れて効果はなさそうだ。
どうすっべかな。
正直、呪いの紋章師って、あんまり直接的な攻撃術とかがないんだな、これが。
相手の動きを止めたり、目くらましをかけたりそういう補助的なもんしかねーんだ。呪具を使えば色々できるんだが。
こいういうのを破壊するための呪具は今は、持ち合わせがない。くそう。失敗した。
いまこそあのオークの剛力が手にはいる”ひねりつぶしの籠手”の出番だったってのに。
俺が悩んでいるとディンブランが小声で話した。
「どうしたの?」
「いやさ、この鎖をどうやって外そうかとおも……っ」
「ワタシがやりましょうか?」
「きぃゃああああああ!」
俺は突然貯蔵庫の中に響いた野太い声に飛びはねた。だだだだだ、だ、誰だ。ふ、ふふ不審者か。お、お、おまわりさんこいつです。
俺は声の方向に顔を向け目をこらした。
入口に大きな人影。まずい、ばれたのか。だが、いま俺を手伝う様な言葉をはいた気がしたが。
人影は腰を落としてするりとこちらに忍び寄ってきた。
俺は見覚えのある顔をみて首をかしげる。どうしてこいつが。俺はたずねた。
「お前さん、さっきエリヤナと一緒にいた宮廷魔術騎士団の……?」
「はい。宮廷魔術騎士団のバラガムと申します。確か、ウルどの、でしたか」
「なんでお前さんがこんなところに」
「エリヤナにあなたのお手伝いをしろと言われまして」
「はぁ? おい、宮廷魔術騎士団ってのは大貴族の娘のめし使いなのか?」
「実は……これは他の団員達、それに副隊長にも内緒なのですが。エリヤナとワタシは『天資の儀式』いらいの友人というか、なんというか……」
「ほっほ~う、男女の友人ねぇ……ま、おっさんの詮索はみっともないからやめておくが」
「本当に友人です、そ、そんなふしだらな関係ではありません」
「まあいい。でもお前さんたち、このラトヴィア城へエリヤナを送り届ければ任務完了で王都へ戻るんじゃなかったか?」
「それがですね……副隊長からエリヤナをしばらく見張っておくように特別に指示が出まして。ワタシだけが残ることになりました」
「エリヤナに逃げられた罰か?」
「はい……まぁ。というか、ウル殿がワタシに嘘をつくからです。滝などどこにもありませんでしたよ」
「滝? なんだっけそれ、俺そんなこと言った?」
「ええ!? まさか、お忘れなのですか! ワタシはあの後、ウル殿のお言葉通りにずっと滝を探して突き進んでいったのですよ!?」
「馬鹿正直に他人の言葉なんぞ信じるなよ。よくそんなことで宮廷魔術騎士団が務まってるなおめーは。あ、務まってねーからエリヤナを取り逃がしたのか」
「自分の嘘を棚に上げて、あなたって人はっ!」
「もういい、もういい、この話は終わりだ」
「まったく……ワタシがどれだけ副隊長から怒られたかっ」
バラガムは頬を膨らませている。素直というかなんというか。
しかし『天資の儀式』でエリヤナと一緒だったという事はこいつ、バラガムもまだ19歳という事か。若いなぁおい。
がっしりとした顎から、かたまで続くなだらかに盛り上がった筋肉。その体の割には、顔立ちはまだあどけなさが残っている。
短く刈った金髪、顔にはぱちりとした青く澄んだ瞳がひっついている。
しかし、宮廷魔術騎士団に正式に入団できるのは20歳からのはずだから、コイツは魔術騎士見習いという事か。
俺はきいた。
「で、お前さん。この鎖を壊せるのか?」
「はい。ワタシは”斧の紋章師”です」
そういいながらバラガムは後ろからすっと小手斧を取り出して見せた。
ま、お手並み拝見と行こうじゃないか。
バラガムはすすっとディンブランの後ろのクサビまで近寄ると。片膝をついた。
そして右手にぐっと小手斧を握ると、真上に振り上げて呪文を唱えた。
「一斧両断」
ふわっと風が吹いたかと思った次の瞬間、バラガムの手元に青い光の斧が浮き上がる。その斧を振り下ろす。斧の刃はクサビにかかっていた鎖を寸断し石床まで到達していた。
ほ、まるで薪でも割るように簡単に鎖を断ち切りやがった。これが”魔光器”(魔術の武器)ってやつだ。
支点を失った鎖は、じゃらりとゆるんだ。
よし、とりあえず、このうん〇まみれのお洋服を、おっ着が~え、おっ着が~え、ふ~んふふ~んっと。
俺とバラガムはディンブランの体に食い込んでいた鎖をはがして、服を着替えさせた。