がらんとした寝室
俺はディンブランの寝室に入り込み、あたりを物色する。
天蓋のついた絹のベッドにつやのあるテーブルや棚が並ぶ。豪華で立派な家具がならんでいるがどこか閑散とした印象を受ける。
何かが抜け落ちているような。それが壁のせいだと気が付いた。妙に壁の面積が多い部屋だ。
おれはぐるりと見まわす。
ま、とりあえず、衣類なんてのはクローゼットの中にいくらでもありそうだ。それよりも絵を描く道具というのはどこに置いてあるんだ。
扉の前に立っていたエリヤナが俺に声をかけてきた。
「何を探しているのですか?」
「ディンブランのやつに絵を描く道具を持ってきてほしいと頼まれてね」
「そうですか……実は……この部屋にはもうありません」
「じゃあどこに」
「お父様が、すべて捨ててしまいました」
「……ん?」
俺は言葉をなくして、くるりとエリヤナに向き直る。
エリヤナは苦笑いをして、小さく言った。
「でも、少しだけなら私の部屋に隠してあるものがあります、それを持って行ってあげてください。数種類の顔料と油、羊皮紙が数枚しか残っていませんが……」
「いや、それよりも、おやじさんが絵を描く道具を捨てた、というのはどういう意味だ?」
「お父様は兄さんが絵を描くことを嫌うのです。男がそのような女々しい事をするなって」
「絵を描くことが女々しい? 意味がよくわからんが……宮廷画家にも男はたくさんいるだろう」
「お父様は、男というものはペンなどではなく、剣を持って戦うものだと……」
「はぁ……なるほどな、体が弱く絵を描く息子。それが自分の中の理想の息子像と一致しないってか。ディンブランがああなるわけだ」
「兄さんが何か言っていたのですか?」
「何も言わなくても態度でわかる。あいつは諦めている。いろんなことをな」
エリヤナはちらりとこちらを見て、すぐに俺から目をそらした。俺はエリヤナをじっと見つめる。
エリヤナはうつ向いて黙ったまま。そうだ、エリヤナは知っている。
ディンブランが今までこの家でどういう扱いを受けてきたかを妹であるエリヤナが知らないはずがない。
俺にはそれを知る必要がある。
俺はとりあえず、ディンブランの衣類と残りわずかな絵を描く材料をエリヤナにもらった。
その時に聞いてみたが、ディンブランにぐるぐると巻かれたあの鎖のカギはエリヤナも持っていないという事だった。
しゃーねーが、どうやら一旦あの鎖は壊すしかなさそうだ。
しかし、エリヤナの話ではディンブランは時々狂暴化することがあるという話だ。俺は念のためある呪具をひとつ持っていくことにした。
持ち物をそろえて、俺は再びあの貯蔵庫に急いだ。