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見捨てられているなんていうんじゃない


糞尿と腐りかけの肉にまみれたくっさい貯蔵庫の中。俺は我慢してディンブランを調べることにした。


妙な真似をしたら俺の”緊縛術(きんばくじゅつ)”で縛り上げてやろうかと思ったが、ディンブランは思いのほか大人しかった。


まずディンブランの肌に何かの呪文や術式が描かれていないかを調べるが、目視できる範囲には見当たらない。てか体にまきついた鎖が邪魔すぎてよくみえねーわ。イライラする。


あとは、呪具か何かをつけていないかも確認するが、装飾品を身に着けているわけでもない。




しかし、目はエリヤナから聞いた通りの症状だった。


瞳が白く濁っている。目は本当に見えていないようだ。そして、ちょうど瞼を閉じたときに上から爪で引っかかれたような痣がついている。


しかしこうして近くで見ると、華奢ではあるが非常に美しい顔立ちをしている。はぁ、羨ましい限りだ。


俺はすこしディンブランと話してみたが、この扱いが不当だと思えるほどにやつはまともだった。ディンブランはまったくもって理性的に俺と会話をかわしてくれたのだ。


さっきの人肉くれ発言はなんだったのか、もうおっさんをビビらせないでほしい。


俺は奴の周りに散らばるいろいろな残骸(ざんがい)を片づけながら質問を続ける。





「お前さん、一体、いつからこんなザマなんだ?」


「さぁ……目が見えなくなってから、幾日過ぎたのかもわからない」


「なにか呪いをかけられるような心当たりはないか? お前を嫌っている人間がいればそいつを調べるが……」


「僕は領主の息子だよ。僕をうとましく思う人間なんてあちこちにいるんじゃないかな」


「しかし、エリヤナから聞いた話だと、お前はあまり表にも出ず、人付き合いもしないときいているぞ。人付き合いが無けりゃ、そもそも人から恨みを買いようがない」


「まぁ……僕は病気がちだから、表に出ようにも出れないんだよ。僕は『天資の儀式』にも参加できずに、何の紋章も授かっていないし」


「別に、そんな事は大した問題じゃあないだろ、紋章を授かっていないやつなんて大勢いる」


「でも、大貴族の男の中では珍しいんでしょう?」


「あー……まぁ、な。大貴族ってのはそれなりに領民に対しての面子を保たなきゃならんからな」


「僕ではそのメンツを保てない。だから父さんも母さんも僕を表舞台には出したくないんだよ。僕はこのまま死ぬんだろうね……」


「ふざけたことぬかすな、俺が助けてやるんだからよ」


「エリヤナにたのまれたの?」


「そうだな」


「という事は、父さんと母さんは、僕を見捨てたわけか……」


「い、いやぁ、そういうわけじゃねーだろ」



しまった。俺の失言だ。こいつは察しが良すぎるんだよな。


自分の今の状況を嘆くでもなく妙に淡々と語りやがる。なんだか見捨てられることをわかっていたような節がある。


ま、とにかくこんな状態でここに閉じ込めていたら呪いじゃなくても死んじまうわな。


誰かがこいつの世話をしてやらないとだめだ。かといってエリヤナにこんなことをさせるのも酷だし。


となると、俺しかいないのか。もしディンブランが死んじまったらこの仕事の報酬もなしだし。


しゃーねーか。


俺はディンブランに部屋の場所を聞いた。





「とりあえず、お前さんの着替えを持ってくるから、部屋の場所を教えてくれ」


「……というか、君は誰なんだい? どうやらこのラトヴィア城の人間ではなさそうだけれど」


「俺は最近雇われた下働きのアーノルドってんだ。ジャワ渓谷(けいこく)から来た。ま、お前さんの世話係で雇われた者だとでも思ってくれていいぞ」


「ジャワ渓谷か……さぞかし美しい景色が広がっているんだろうね。あそこにはブナとカエデの原生林があると聞いた事がある」


「見慣れちまえば、ただの風景さ」


「いつか(えが)いてみたい……この目が治れば。そうだ、着替えのついでに、持ってきてほしいものがあるんだ」


「なんだ? 俺にできることがあるんなら協力はするが」




俺は一旦、ディンブランとの会話を切り上げて、奴の着替えを取りにやつの寝室へ急いだ。


ディンブランは着替えとは別に、俺に持ってきてほしいものを頼んだ。


それが羊皮紙と絵画の材料だ。


やつはどうやら絵をたしなむらしい。ディンブランはこういった。




「僕が暗闇の中でもこうして平静でいられるのは、常に頭の中に壮大な風景を描いているから」




そういうもんなのかねぇ。ま、絵心のかけらもない俺にはよくわからんが。


俺はディンブランの寝室に急いだ。


やつの寝室はこの城の3階、南の塔の一番端ときいたが、もうすぐだ、おそらくあの曲がり角を曲がれば。


その時、まがり角の先から誰かの声が聞こえた。


俺は身を隠す場所を探すが、長い石の廊下に隠れる場所など無い。


声はこちらに向かって来る。くそう、目くらましの術でもつかうしかないか。


俺は左手に印を結び。曲がり角の先に焦点を当て集中する。


曲がり角からすっと顔を見せたのはエリヤナと、真っ赤な正装をした宮廷魔術騎士団員のひとりだった。


俺は胸をなでおろした。




「なんだ、お前さんか」


「ウルさん、どうしたのです?」


「いや、ディンブランに頼まれごとをされてね」


「兄さんの寝室に?」


「ああ、まぁ……」




俺はエリヤナの隣にいる男に視線を移す。そいつは俺の目の圧に気が付いたのか、エリヤナの顔を見て頭を下げた。


そして俺の横を通り過ぎて去って行った。



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