ディンブラン・ラトヴィア
ラトヴィア家に向かう道中。
エリヤナは臨時で雇った送迎用の箱馬車のなかで、今回の依頼内容を話してくれた。
まず、エリヤナはラトヴィア家の長女。
今年で19歳。彼女は『天資の儀式』で”うつわの紋章”を授かったそうだ。
ただ”うつわの紋章師”にどのような能力があるのかは彼女自身も知らない。宮廷紋章調査局からもなにも知らされていないらしい。
とにかく”うつわの紋章”を授かってからというもの、年に何度か宮廷紋章調査局に出頭し、何かの検査のようなことをさせられるそうだ。
かれこれもう4年もそんなことを繰り返して、エリヤナもそろそろ嫌気がさしてきている。
「ま、そりゃそうだわな」
「ですよね?」
エリヤナは呆れたように呟いた。
それでもって今回、ちょっと旅の途中で俺を訪ねようとしていたのに護衛たちに高圧的な態度をとられてついにプッツンときたらしい。
だからといって逃げんでもえーがな、とはおもうが。まぁ女心はなんとやらって事にしておこうか。
エリヤナには5歳年上の兄がいるらしいが、その兄が最近”何か”の呪いに侵されているという事だ。
エリヤナの兄の名はディンブラン・ラトヴィア、24歳。
線が細い優男で、子供のころから少し病弱だったそうだ。
ディンブランはエリヤナと同じく、翡翠のように怪しく光る目をしているらしいのだが、数週間前からそのエメラルドグリーンの目が白く汚れ、いまはほぼ失明しているらしい。
そして目の周囲に生爪でかきむしられたような痣が浮き上がってきたという。
その奇妙な痣ができて以降、ディンブランは悪夢にうなされ続け、気狂いじみた態度をとるようになってきた。
「ここ最近はまるで別人のように体つきまで変わりはじめたのです」
エリヤナは沈んだ声で続けた。
ディンブランの両肩の筋肉は岩のように盛り上がり、奇妙なうなり声をあげ他人を威嚇する。異常なほどの腕力で部屋の物という物を壊す。
たまりかねた周囲の人間は、ついに彼を城の牢獄に放り込み、動けないよう手足を太い鎖でつないでしまった。
医術者や治癒魔術が扱える紋章師にきてもらい色々と試したようだが、一向に効果がなくお手上げ状態となった末に、俺にお鉢が回ってきたようだ。
エリヤナからの依頼は兄の盲目の呪いをとき、その呪いをかけた呪術者の正体を突き止める事だ。
エリヤナは涙をこらえながら、つらそうに話してくれた。
そして声を漏らした。
「……最初は単なる目の病気かと思っていたんですけれど、さいきんは兄さんが……バケモノに変わっていくようで……こわいのです」
「ふぅ、ま。何とも言えんな、獣人化や狂戦士の呪いというのはあるにはあるが……でも」
「なにか?」
「いやね。ふと思ったんだが、なぜお前さんがそんなことを俺に直接頼みに来るんだ?」
エリヤナはすこしいいあぐねたように表情を曇らせる。
そして、すっと俺の目を見た。秘密を明かすように小さく話した。
「お父様は、もう兄を見放しました。いまは紋章師や医術者などに相談することも無くなってしまったのです」
「父親が息子を助けねーのか?」
「ええ。父はもともと病弱な兄の事を疎ましく思っていたのです。よく男のくせにとかなんとか言われて、しかられているのを見ていましたし」
「だからって、そのままにしとくのは、ちょっと話が違うだろう」
「ですから私が何か手立てを考えるしかないのです、他の者では父の命令には逆らえませんので」
「なるほどねぇ……」
南の大貴族といわれるラトヴィア家にも色々あんだな。
ま、我がべリントン家も似たようなもんか。なんせ次男の俺が一族から追放されてんだからな。
俺たちを乗せた馬車の室内は、静かに揺れていた。