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黒いフードマントの女


ベルアミと村の酒場で簡単な食事をする。

俺の魔術の実験に付き合ってくれたという事で、ここは俺のおごりだ。


どうやら、ベルアミはこの後、集配の仕事があるらしくテーブルに並んだ食い物を次々口のなかにかきこんでいく。



「おいおい、のどに詰めんなよ」

「ちょいとこれから遠くに行くんでね、あんまり、時間がないんでさ」



手紙や荷物をあちこちに運ぶ仕事だなんて、出不精の俺には無理だ。本当に物好きな奴。

そんな俺はというと、今日は特に呪いを解いてほしいという依頼客が来る約束もない。




「ふぅ……さて。また”ドクロ洞窟”にでも行って保管している呪具のお手入れでもするかな」




俺たちは酒場から出ると、軽く手を振り、お互いに別の方向に歩き出した。

俺は、そのまま自分の小屋につづく村はずれの小道に向かった。

日の当たる小道を、ひとりあるきながら、ふと、考える。




「”のろいがし”の術のつかいどころ……か」




呪いの魔術の考案だけに気を取られ、使いどころなんてものは、まるで考えていなかった。

ベルアミのやつに言われるまで。

呪いの紋章師の存在意義をかえてやる、なんて大口をたたきながら、そんな事にすら考えが及んでいないとは、我ながら随分と情けないもんだ。


確かに、ベルアミの言う通り。

呪いの紋章師の存在意義を変えていくとは、つまりは存在意義を高めていくという事。

それには呪いの紋章師が優秀であるという事を周囲の者たちに、ひいては宮廷紋章調査局のやつらに証明していかなくてはいけない。




「……俺の”呪具耐性”によって得た呪いの力を”のろいがし”の呪法で他人に移すことができる。それを、誰にどう使うのか……」




戦士にはさらなる力を、魔術師にはさらなる魔力を。それとも、戦士には魔力を、魔術師には力を。

何をどう作用させるのか。

そのために呪いの紋章師ができることは何なのか。それを考えていく事こそが俺の使命なのかもしれない。




ぶつぶつと独り言をいながら、ほどなく歩いていくうちに、小道から森の入り口に差しかかる。

その時、突然、後ろから慌ただしく地を踏みしめる音が耳に届いた。

俺は少し警戒しつつ、ふいっと振り向いた。



視界に入り込んできたのは、黒いフードを目深にかぶった人影。

そいつは、慌てた様子でこちらに走り寄ってきた。

こんな村はずれの森の中。この森を抜けた山道の先は俺の家しかないというのに。

もしかして、呪いを解いてほしいと依頼に来た俺の客だろうか。


俺は足を止め、そいつが先に通れるようにすっと道を開けた。

どこに行くのか見てやろう。

ところがそいつは、俺を通りすぎず、あろうことか俺の真横で立ち止まった。

フードから微かに見える口元。

そいつはろくにこちらを見ないまま、小さくつぶやいた。



「……すみません。賊に追われているのです、どこかに隠れ場所はないですか?」




客じゃなさそう。この道の先は俺の家だ。

くだらない面倒ごとは勘弁したい。俺は冷たく言い放つ。




「さぁね。この先は俺の家しかねぇよ。ほかへ逃げな」

「なっ……!」




そいつは、少し顔をもたげてわずかに目を見せる。

そのエメラルドグリーンの瞳からは、驚きよりも怒りがにじんでいるのが見て取れた。

なんて言いぐさだ、と、その大きな目はもの語っていた。

だが、他人の事など知ったこっちゃない俺は構わず伝える。




「聞こえなかったか? よそへ行ってくれ。この先には俺の家しかない」

「……わ、若い女が不届きものの賊に追われて助けを求めているというのに、なんて人でしょう」

「俺は疑り深い性格でね。もしかするとアンタが賊で追手が正義の味方かもしれんだろ?」

「いったいどうすればそんなひねた事がいえるのかしら」




俺はそいつに背を向けると、ふたたび道を進み始める。

諦めるかと思いきや、そいつの足音が俺の後ろを付いてくる。

俺はワザとらしく咳払いをして、くるりと振り返る。


すると、そいつも立ち止まる。

うつむきがちな黒いフードがゆれている。

俺は問いただした。



「どうしてついてくるんだよ」

「別についていってなんてないわ。ただ”同じ方向に進んでいる”だけですから、お気になさらず」

「あのよ、俺の家にきたところでかくまったりはしねーぞ」

「きこえませんでした? 同じ方向に進んでいるだけですので、あなたの家になんて何の興味もありません」



ほ、なんだか気の強そうな女だ。

しかし、妙な物の言い方だな。この辺の村人ではなさそうな雰囲気。

顔を隠すように羽織った真っ黒いフード付きのマント。

その胸元のマントの隙間から、見えたのは程よい長さの剣。

こいつは、腰に中剣を携えている。

どこかの女剣士だろうか。


ついてくる気なら、家にはいかないほうがよさそうだ。

俺は、森の奥には進まず、方向を変えて今来た道を、村の方に戻りはじめた。

女が目の前にちかづく。

そいつはさっきと同じように、少し上目づかいでこちらを睨む。

そしてすれ違いざま、また小さくつぶやく。




「どこへいくのです?」

「いや、ちょっと用事を思い出してね、村へ戻るんだ」

「白々しい、そんなに私を助けるのがいやなのですか?」

「助けるって? 何の話か分からんね」




その時、森の入り口のほうから複数の男の声が重なって聞こえてきた。

俺は気にせず、その声のほうに突き進んだ。








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