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俺が呪いの魔術を研究する理由ってのはだな 


河川敷での実験の後、俺とベルアミは軽い昼食をとろうと、村へと続くあぜ道をあるいていた。

”のろいがし”の呪法は一応の完成をみた。

だが、その効果範囲や時間がどれくらいになるのかはまだまだ未知数だし、今後も実験が必要だ。

ベルアミには悪いが、もう少し色々と付き合ってもらう必要がありそうだ。

その時、肩をならべていたベルアミが手に持っている壊れた弓を眺めて言った。



「ウルのだんな。おれの持っている弓の中でも強度の高い鉄弓(てっきゅう)がこうですぜ?」



ベルアミは泣きそうな顔で、俺の方に弓を持ち上げてみせる。

壊れて使い物にならなくなったその半円の弓は、陽を浴びて鈍く銀に光った。


両端から、ちぎれた(つる)が垂れている。

ヒゲのようにひらひらと風になびき、その弓身(きゅうしん)は無残にも反り返っている。

ちょっと悪い事をしちまった。


俺は両手を前にあわせて、咄嗟にあやまる。




「すまん! まさかこれほどまでとは思わなかったんだ。弓は弁償するつもりだよ」



俺の言葉にベルアミはかぶりを振る。



「いやいや、だんな。そういうことじゃなくて。この鉄弓の(つる)は、それなりの強度を誇る鋼鉄蓑虫(スティールバグワーム)が口からだす糸を編みこんでいるものなんでさぁ」

「それってすごく高級品なの? も、もしかしてすんごい値段するのか?」

「いやさね。俺が言いたいのはそいう事じゃなくて。さっきの”のろいがし”の術を、たとえば……戦闘のどのタイミングで使うのかってことです」

「タイミング……?」



ベルアミは壊れた鉄弓を背に担ぎなおした。



「たとえオーク族の剛力を手に入れたとしても、それに耐えうる強度の武器がないと。鉄弓が一矢でぶっ壊れるんですぜ、武器がいくつあってもたりゃしない」

「あぁ、そういう事か。あの籠手を使ってオークの剛力をお前に”貸して”も、お前がオーク専用の武器を持っていないとダメという事か」

「そうでさぁ。オーク専用の武器なんて重いし、でかいし。持ち歩くにしては邪魔にしかならないんでさぁね」

「確かに……つかいどころなんて深く考えもしなかったな、俺は単に呪いの研究をしている呪いオタクなだけだし」




そう言った俺に、ベルアミは不思議そうにたずねる。




「ウルのだんなは、どうしてそんなに呪いの研究に熱心なんでさぁ。まるで何かにとりつかれてるみたいに見えますぜ?」



ベルアミにしては珍しく芯を食った質問だ。

ここで、オレの出自である大貴族べリントン家の話を持ち出しても仕方がない。父親との確執の事をベルアミに伝える気もない。

俺は、数ある理由の中の一つを話すことにした。



「……俺はな、呪いの紋章師の存在意義をかえたいのさ」

「こりゃまた難しい話ですなぁ……」

「ベルアミ、なぜ、呪いの紋章師がこの国で忌避されているのか、理由を知っているか?」



ベルアミは肩をすくませる。



「さぁ、なんですかねぇ……思い浮かばねえです」

「そうだろう。だって理由なんてないんだから。俺は色々調べてみたのさ、紋章の中で避けられている紋章があるのはなぜなんだろうと。そしてわかったのさ。理由なんてねーんだと。なんだか、気持ち悪いとか、暗いとか、邪悪そうとかさ。そういう理由でしかないんだ」



俺の言葉に半信半疑なのか、ベルアミはくびをかしげた。



「本当に、そんな理由で宮廷紋章調査局が呪いの紋章を嫌ってるってんですかい?」

「そうさ。バカバカしいったりゃないぜ。呪いの紋章師だけじゃねー。他にもくだらない偏見で虐げられている紋章師たちがいるんだ。だからな、俺は呪いの紋章師として呪いを研究しまくって、呪具をあつめまくって、呪いの紋章師の存在意義をかえてやるんだよ。そして他にも日陰者扱いされている紋章師たちに発破をかけてやりたいんだ。一緒に立ちあがりゃ、何かが変わると思うんだ」

「へぇ……そんな野望があるたぁ、おみそれしました」




ベルアミは妙にかしこまって頭を下げる。

ふっ、きまったぜ。ちょっと大げさに言っちまったが、全くの嘘でもないからな。


呪いの魔術というものは忌避されているがゆえに、あまり研究が進んでいないのも事実なのだ。

火の魔術や水の魔術なんてのは、実に派手だしカッコいい、戦闘時の汎用性も高い。


だから、この国の紋章師たちはこぞってその使用方法や術式を次々に編み出し体系化している。

色々な術がすでに考案されつくしている。

だからこそ国としても、そういう紋章師たちは扱いやすい。


しかし、研究の進んでいない分野の魔術に関しては、その効果も不明瞭だ。

そもそもが、あまり役に立たない魔術だと思われているんだから。

だから俺は徹底的に呪いの魔術を研究し尽くして、そして。


とつぜん、ベルアミの声が俺の思索をぶった切る。




「だんな、そこは」

「え?」




俺の右足が何かにずっぽりとはまり込んだ。とたんに強烈なにおいがあしもとからたちのぼる。

ベルアミが後ろに飛び下がり鼻をつまむ。



「だんな、そこに、牛のふんが」

「は、は、はやくいえっ!」

「いやね。なんだかえらく格好つけながら、牛のふんに向かっていくもんだから、ほうっておこうかと」

「どうしてそこで放っておくという選択肢があるんだ! このひとでなし!」

「へぇっへぇっへ」




ベルアミは腹を抱えて笑っていた。

俺は右足を牛のふんから持ち上げると、靴の裏を地面にこすりつけて、すなをぱっぱっとまぶした。




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