マキアナのこころ(二章最終話)★
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マキアナの独白
あの日。
いつものように私とココナは、”ル・マウンテンの町”で農夫たちと一緒に茶摘みの農作業をしていたの。
まっ青な空、眩しいくらいの太陽のした。
段々畑を見渡しながらの作業は気持ちがよかった。
乾いた風に吹かれるたびに疲れもどこかへ飛んでいくようだった。
茶色い麦で編んだかごが茶葉で一杯になっていく。
それを見つめて、ココナは、いつもはしゃいでいた。もうすぐいっぱいだね、なんて言いながら。
ココナの笑顔を見ていると、この子がアラビカ公国の太公の息子だなんてことは忘れてしまいそうだった。
私がアラビカ公国の第一王妃だなんてことは忘れてしまいそうだった。
いや、きっと忘れてしまっていた。
だから油断した。
私の夫であるアラビア公国の大公ゲオルグ・フロート2世には第三妃までいる。
皆子供を授かってはいたけれど、不思議と全員が、女の子だった。
男の子はココナが初めてだったの。
ゲオルグは大層喜んだ。この子がじき大公だと。
多くの血族がいる中、ココナの腹違いの姉のミルフィは、毎日ココナに会いたがった。
でも、ある日ミルフィがぽつりと言った。
”ココナってへんなみみしてるね”と。
私はその言葉が気にかかった。
そしてココナの耳がすこし特徴的な形をしている事に気が付いてしまったの。
なんというのか、上の部分がほんの少しだけ山なりに尖っていた。
それを見て私の心にこの国の古い言い伝えがのしかかる。
建国時の”エルフの呪い”というあの言い伝え。
『この国はエルフによって生まれ、エルフによって滅ぼされる』
確かそんな言葉だった気がする。
案の定、ココナの耳の話はあの子が成長するにつれ一族に広まっていった。最初は君主のゲオルグも気にしたりはしなかった。でも、周囲から何度も何度もその話を聞かされるうち、ついに妄想に憑りつかれ始めた。
ある時。
私は見てしまった。ココナが3歳の頃、ゲオルグがふとした瞬間にココナの首をしめかけたのを。
私は驚いて問い詰めた。ゲオルグはあやまったけれど、私はココナを連れてそのまま城を去った。
だって彼の目は本気だったもの。
本気でココナを殺めようとしていた。
私はココナを連れて城から逃げ出した。
追手から逃がれ、あちこちの村や町を点々を渡り歩いた。そして最終的に”ル・マウンテンの町”に落ち着いた。
見つかりはしない、もう大丈夫だと思っていたのに。
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マキアナは俺にすべてを話し終えた。
さらに二人で山道を登る。
マキアナの背中にはココナの小さな亡骸。
ようやく、たどり着いたのは、俺が最初にマキアナを見つけた場所。
大小二つの岩が横に並んで影を落とす、あの岩陰だった。
マキアナは、その場所を懐かしそうな眼差しでながめた。そして、しゃがみ込んでその場にゆっくりとココナの亡骸を寝かせ、ココナの綺麗な顔をなでた。
まるで遊び疲れて眠っているような、そんな安らかな顔だった。
マキアナはココナの腕を優しくもちあげて、胸の前にしっかりとくませる。
その固く結ばれた小さな手を見つめてゆっくりと語る。
「私は、この岩陰でココナの亡骸に、”写し見の呪法”をかけたの。魔術書で、よみがえりの魔術をいくつか調べているうちにその呪術をみつけてね」
俺はその言葉にはっとする。
「まさか、お前さん?」
「そう。私は呪いの紋章師」
「どおりで……しかしお前さんの体のどこにも紋章はなかった気がしたが……」
「見つかりにくいところにあるからね」
マキアナはそういって、意味深に微笑んだ。
俺はココナの強いまなざしを思い出しながら、マキアナに伝えた。
「マキアナさんよ。ココナはな、アンタの亡骸をアラビカ公国にかえそうとしていたんだ。アラビカの海に還したいって言ってな」
マキアナは自嘲気味に小さく笑った。
「……皮肉なものね。私はあの子をアラビカから逃がそうとここに来たのに、あの子が私の亡骸と一緒にアラビカに戻ろうとしていたなんて」
「ココナが言ってたが、亡骸を海に還すのがアラビカのしきたりなのかい?」
「アラビカでかつて行われていた古い儀式よ。アラビカでは死者の魂は海を渡り天に昇ると言われていてね、昔は亡骸を海に沈めてたらしいの」
なるほど。
「ココナはそれをやろうとしてたんだな。母ちゃんの為に」
マキアナはすっと立ち上がり、俺の方を向いて近づくと俺の手を取る。
「ウルさん、お願いがあるんです」
「な、なんだいかしこまって」
「この岩をココナの墓標にしたい。ここにココナを埋めてあげたいの」
「あ、あぁ、そりゃ別にいいと思うが……」
マキアナは言葉に詰まりながら、俺の目を真っ直ぐに見てこう言った。
「ウルさん、時々、ここに来てあげてほしいの。本当は私がしなくてはいけない事で、勝手なお願いだけれど……」
俺はちいさく笑った。
「そんな事頼まれなくってもするつもりだぜ」
「ありがとう……私はこれからアラビカ公国に帰るわ、そしてココナの弔いをする」
「とむらい……?」
「ええ、ココナは自分の恐怖と向き合って、打ち勝った。私も戦わなくてはならない」
マキアナは力強い口調で話した。
「そうか」
「ウルさん。変な言い方かもしれないけれど。ココナはあなたに出会えてよかったと思う。私のしたことは間違っていた。けれど、ココナがあなたと出会えたことは間違いではないとおもうのです」
「はは……まいったな」
「これをあなたに差し上げます」
「ん?」
マキアナはすっと手を差し出す。そこにはあのミスリル鉱石のペンダントがあった。
あら、高そうなペンダント。
「いやいやいや。それはあんたの大事な物だろ?」
「これはもともとココナの物なんです。ココナはあなたにもらってほしいと思ってる、ね、そうでしょココナ」
マキアナは足元で静かに眠るココナに目をやった。
俺はココナの顔を見なかった。見ると、どうにもな。俺は空を見あげながらマキアナから、ペンダントを受け取った。
そして空を見上げながら、ココナに言った。
「ココナ、ありがたく受け取るぜ。これは呪いを解いた仕事代金だ」
うつしみの呪法編 完
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