エルフの呪い★
トトは俺たちに向かって、ゆっくりと話しはじめた。
「わたし、最近のアラビカ公国の大公の一族であるフロート家の事を調べていたんだけど。いまフロート家では”エルフによるとりかえ子”騒動が起こっているみたいなの」
「とりかえ子っていやあ、エルフやトロールなんかの妖精族が自分の子供を人間の子供とすりかえるっていうあの伝承か?」
トトは深くうなずく。
「そう、いま、フロート家では外見にすこしでもエルフのような特徴のある子をみつければ、その子はエルフがすりかえた呪いの子供だとして捕まえている。そして即刻抹殺せよという君主令(君主による騎士団への直接命令)が秘密裏にだされているらいわ」
「とんでもねー話だな。でも、なぜエルフの子を目の敵にする必要があるんだよ?」
「ウルちゃんも聞いたことない? 百数十年前、アラビカ公国の独立に際して、重要な役割を果たしたエルフ族の男がいたという話」
「たしかにそういう話があるとは聞いた事はあるが……それは公式には認められていない単なるうわさ話だろ」
俺の問いにトトは小さく肩をすくめて続ける。
「うわさというのは時として事実よりも恐ろしいものよ。初代アラビカ公国の大公は、独立後、いっときはそのエルフ族の男を重宝していたらしいけど、あまりにも優秀すぎるそのエルフの男を次第にうとましく思い始めた」
「独立に力を貸してくれたってのに、独立したらしたで、今後は邪魔もの扱いってことか……」
「そう。優秀すぎるのも考えものね。それでね、当時のアラビカの大公はそのエルフの男を家族ともども処刑することにしたの」
「ひでぇ……身勝手すぎる」
状況が変われば考えかたも立場すらコロコロ変える。
それが権力者ってもんだが、あまりにも残酷だ。
トトは眉をひそめて話す。
「その処刑場で、首をはねられる寸前に、そのエルフ族の男は大公に向かって呪いの言葉を投げつけたそうよ。”この国はエルフの助言により生まれた。いずれエルフの助言により滅びるだろう”とね」
それ以降、その予言めいた言葉はアラビカ公国に影を落とすことになる。
ある時から、アラビカ公国の大公になるものが、次々に妙な妄想に憑りつかれはじめた。
自分の子供が生まれるたびに、その子の体をくまなく調べた。少しでもなにか特徴的なからだの部位があると、その子はエルフのとりかえ子だと決めつけて、跡継ぎ候補をころしてしまったそうだ。
「実に”純粋な”呪いだ……」
「その結果、アラビカ家の跡継ぎがいなくなり、それを引きついだのが今のフロート家というわけ。でもそんな与太話は、長い間なりを潜めていたらしいけれど。最近、またそんな話が持ち上がっているらしいわ。ココナの耳も、少し尖っているでしょ、だからエルフのとりかえ子として、命を狙われたんだとおもう」
「でも、ココナは大公の息子だろ? そんな奴の命を奪うなんて、一体誰が……」
「大公の継承権を持つものをけむたがる人間なんて、はいて捨てるほどいるわ。人は権力にむらがるものよ」
「ばかな!」
俺は自分でも意図せず、その不条理極まりない話に大きな声が出てしまった。
なぜいつも罪のないものが命を奪われる。
なぜ身勝手な欲望にさらされるんだ。そして、なぜ守れないんだ。
俺はココナに目をやった。
ココナは椅子の上で静かにトトの声に耳を傾けていた。
そして、ココナは小さく言った。それは覚悟の言葉だった。
「ウル、僕の呪いを解いてほしい」
「……この呪いを解いちまったら、お前は死ぬんだぞ? 写し身の呪法ってのは魂を貸しあたえる呪法だ。呪いを解けば魂はもとの持ち主に戻る」
「わかってる。僕が死んで、母さんがいきかえる」
「お前の母ちゃんはよみがえるが、だがお前が……くそっ! どうすりゃいいんだよ!」
ココナは動じることなく静かに話す。
「ウル、僕はここにきて間もないけど、この村がすごく好きになった。ウルもキャンディも、トトもみんな大好きになった。みじかかったけどここで過ごせて本当にしあわせだった」
「何言ってやがんだ、馬鹿やろう……」
「ふふ、もう、最後なんだから全部言っとかないとね」
ココナは俺を見上げてニコッと笑った。
俺はつい目をそらした。返す言葉が浮かばなかった。
ココナはもうわかっている。ココナの目に迷いはなかった。
こいつは、もう死ぬ覚悟をしている。
どうしてだ、どうしてこんなガキが、二度も死ななきゃならんのだ。
悪いがな、ココナ、お前の母ちゃんはバカ野郎だ。
自分の息子にこんな思いをさせるだなんて。
愛しているからって何をしてもいいわけじゃない。
その時、ココナは俺の心を見透かすように小さく笑った。
「ウル。母さんが目を覚ました時、どうか母さんを責めないでいてあげて。僕からの最後のお願いだよ」
「……まだ、何一つとしてきちんとお前の願いを聞いてやれてないってのに、最後のお願いだなんていうんじゃねーよ」
ココナがまた静かな声で話しかける。
「キャンディ。君は、僕がこの国に来てから初めてできた友達だ」
胸ポケットで何も言わずに震えていたキャンディが、ぽんと床に飛び出した。
キャンディはココナの膝に飛び乗って、少しココナの顔を眺めた後、ココナの首にぎゅっとしがみついた。
ココナは両手でそっとキャンデイの背中を包んだ。
誰もが黙り込んでしまった時、裏口の扉を叩く音がした。