写し身の呪法
ココナは椅子に座ったまま、静かな声でどこか懐かしそうに話をはじめた。
俺たちはみな、部屋に響くココナの声をじっと聞いていた。
ココナが死んだという”その日”は、なんてことない、いつも通りの昼下がりだったそうだ。
ココナの住む”ル・マウンテンの町”は山の中腹のゆるい寒冷地。
ルールー茶(甘い香りのする香茶飲料)の産地だそうだ。
その日も、ココナはいつものように村の人たちと一緒に茶葉摘みの農作業をした後、自宅に戻り母ちゃんと一緒に昼めしを食べていた。
しかし突然、そのいつもの平穏な日々が破られた。
家の扉が開いたかと思ったら、剣を構えた男が三人入り込んできた。
驚いて動けない二人をニヤニヤと見つめながら、男の一人があゆみより、何も言わずにココナの喉に剣をズブリと突き刺した。
喉の奥がぬるりとして、次第に息がつまっていく。血におぼれていく。
だが、ココナは何もできず、ただぽかんと口を開けていたんだそうだ。
ただ口をあけて男の顔を見上げていた。自分を殺した憎き男の顔を。
そして、薄れていく意識の中、ココナが最期に見たのは、自分を向いた母ちゃんの泣き叫ぶ顔だったそうだ。
ココナは語りおえて、白い布がかぶせられた亡骸に目をやり、口を開く。
「そして、僕がつぎに目を開いて見たのは、息をしていない母さんの眠ったような横顔だった」
俺は亡骸に目をやる。そういう事か。
俺はココナに視線を戻してつぶやく。
「ココナ、これは、おそらく『写し身の呪法』だ」
「……うつしみの呪法?」
「そう。自分の魂と引き換えに、愛する者の魂をよびもどす呪いだ」
「そっか、僕は母さんの魂を借りていきかえったのか……そっか……母さんの……」
言葉に詰まったココナの前にトトがすっと歩み寄る。
そして、ココナに何かを握らせた。ココナは受け取りそれを顔の前に持ち上げる。
ココナの右手にはあのミスリルのペンダントがぶらさがり、小さく左右に揺れていた。
ココナは優しい表情で、その揺れるペンダントをじっと眺めていた。
俺はココナに問いかけた。
「ココナ、そのペンダントにはアラビカ公国の君主の名前が彫られているようだが。お前は自分の身の上を知っていたのか?」
「ううん。知らなかった。ほんとだよ? 母さんからはっきり言われたことは無かったんだもん。でも、母さんは僕の誕生日にだけ、いつもこのペンダントを出してきた。たなの奥の隠し箱から取り出して僕の首にかけるんだ。そして、こういうんだ、あなたは将来アラビカ公国にとって大切な人物になる。だからいまは、我慢してねって」
「そうか……」
ココナはペンダントを持ち上げて、両手でそっと握りしめた。
「その時の母さんの目はどこか悲しそうだった。もうしわけなさそうだった。でも、僕は平気だった。だって、ずっと母さんとあの町で、茶摘みをして、笑って暮らしていければそれでよかったんだもん。それで、しあわせだったもん……なのに……なのに」
「なぜその男たちは、突然、お前たち母子をおそったんだ?」
部屋のすみで話を聞いていたトトが急に口を開いた。
「きっと、エルフのとりかえ子騒動よ」
俺は、トトに目を向ける。トトは腕を組んで壁にかたをもたれかけたまま話した。