追手との遭遇★
俺は羽織っていたローブの一部を破り、適当な大きさに折りたたむと、ココナに噛みつかれた右の手にぐっと巻き付け押さえつけた。
しばらくじっとし、止血を行う。
「ふぅ……ひとまず、これで……」
次に、気を失ったココナを背におぶり、急いで洞窟からはい出した。
洞窟の入り口から少しだけ顔を出し、慎重にあたりをうかがうが、すでに怪しい人影はなかった。
膝をおり、視線を落として地表をなぞると、あった。
湿った大地に複数の足跡が。
何かのひづめらしき形もあれば、靴の形をした足跡もある。
完全な人数までは把握できないが、大群というわけではなさそうだ。
「せいぜい、3~4人か……」
俺は少し考え、小屋には戻らずこのまま山を下りる事にした。
小屋へ続く歩きなれた道から外れ、草が茂る険しいけもの道へと進路を変える。
その時、胸ポケットから顔を出したキャンディが不思議そうにたずねる。
「家に戻らないの?」
「ああ、今戻るとあいつらと鉢合わせするかもしれん」
「じゃ、どこに?」
「抜け道からいったんトトの屋敷に向かう。さすがにこの抜け道はここに初めてきたやつにはみつけられんだろう」
俺が、そう言った後、キャンディは心配そうに「でも、ココナどうしちゃったのかしら……」とつぶやいた。
「軽い錯乱状態だ」
「なにか、相当嫌な事を思い出したのね?」
「だろうな、もしかするとさっきの奴らはココナたちをおそった張本人かもしれん。お前、そばについていてやれよ」
俺の言葉にキャンディは小さくため息をついた。
「アタシなんか、一緒にいたって何もできないわよ……」
「そんなことは無いさ。お前と一緒にいる時がココナは一番楽しそうだ」
キャンディは黙ったまま、なぜか俺の言葉に返事をしなかった。
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俺たちはようやく山の麓におりたった。
目の前にひろがるあぜ道を横切ろうとした時。
ふいに声をかけられた。
「お~い」
俺はびくりと肩を上げて、視線だけで声の主を探す。
嫌な感じだ。さっき洞窟の奥で聞いた男の声に似ているような。
ふいに右に動く影。
突如、あぜ道の木陰から大きな男がのそりと現れた。
俺はちらりとココナに目をやるが、ココナは俺の肩に顔をうずめたままだ。
幸い、まだ気を失っている。俺はココナをぐっと担ぎなおした。
現れた男は一人だけ。
しかし、その男の体中からスキのない不気味なオーラが放たれている。
一目でわかる。そこらにいる剣士崩れではない。明らかに熟練した剣士。
間違いない、コイツは、おそらくなにかの”紋章師”だ。
薄茶のチュニックという目立たないような軽装だが腰巻きには長剣。
ご丁寧に短剣も二本、巻いている。こいつぁ、まじもんだ。
男は腫れぼったい目でこちらをにらみながら、ゆっくりと近づいてきた。
そばによると、さらに見上げるほどの大きさだというのがわかる。
細身でありながらも、その動きからある種の精悍さを感じる。
そいつは俺を見下ろすように立つと、薄いくちびるを開く。
「お前、今この山から下りてきたか?」
「ああ、ちょっと狩りの練習をしててね」
「背中のガキはお前の子か?」
「ああ、まぁ……ごらんの通り、疲れてねちまったが」
そいつは鋭い視線をココナの顔に突き刺した。
なんてぇ、目つきだ。幼い子供に向けるような目ではない。
まるで獲物を睨みつける死肉狼の飢えた眼光のようだ。
しかしそいつはココナには興味がないのか、すぐに俺に視線を戻した。
「ちょっと聞きたいんだがな。ここ数日の間、このあたりに見なれない青い服の女が来なかったか?」
「さぁ、心当たりはないなぁ。あ……そういえば」
「ん?」
「いや、最近、宿屋のマリイが青い服を着てたかな、とおもってさ」
「……ちっ」
そいつは不機嫌そうに舌打ちすると、背を向けそのまま去っていく。
俺はすぐに背を向け、足早に歩きだす。
ひとまずは助かった。
それにしても、女だけを追いかけているのだろうか。
俺の背中にいるココナにはあまり興味を示さなかったようにも見えたが。
こうなると、むしろ、トトのほうが危険かもしれない。
俺はトトの屋敷に急いだ。