呪具『まもりの双剣』
ココナをこっぴどく叱りながら罠を外す。
だというのに、ココナには何も響いていないのか、罠から自由になった途端、あっかんべぇをして洞窟の中に逃げ込んだ。
その姿を見ていたキャンディが「ほんっとに、子供ねぇ」とあきれた様子でつぶやいた。
俺は冷やかし交じりに「お前の親友だろ」とつぶやく。
すると、キャンディは「なによ、合わせてあげてるだけなんだからね」と憤る様子を見せて反論した。
「……ま、ココナにはお仕置きが必要だ。後で罠の設置を思う存分てつだわせてやる。覚悟しとけ」
俺はココナの後に続いて、洞窟の中に足を踏みいれ足場を確認しながらゆっくりと進んでいく。
この洞窟のいいところは、入口は小さいが中はかなり意外なほどに広々としているところだ。
それに、洞窟の中は日が遮られひんやりとしているというのに、空気の流れが速く乾燥していて過ごしやすかったりもする。
俺は奥まで進むと、中央にある大きな燭台に、マキ木を入れて火をともした。
炎の明かりは徐々に勢いを増し、次第に周囲を照らしはじめる。
ぼんやりとした視界に広がるのは、こちらにのしかかってきそうな岩天井やごつごつした岩の壁。
その壁には無数の呪具達が並んでいる。
うわぁ、というココナの感嘆の叫びが聞こえた。
チロチロと揺れる光をたよりに、俺は周囲を見回し、ひとまず護身用につかえそうな武器をさがす。
余り大きな武器は好みではないし移動に不便だ。
出来れば小型から中型の武器がいい。俺は壁際にたてかけている武器を一つ一つ順に確認する。
古いもの、新しいもの、造られた年代はバラバラだ。
大鉈、手小斧、棍棒、鞭、手ごろな武器は色々並られべているがここで重要なのは、その呪いの効果だ。
大抵の呪具の呪いの効果は把握済み。
その時、俺はひとつの武器に目が留まった。
もろ刃の中剣が二本。これは対で装備して初めてその呪いの効果が発動する。
中剣でありながら防御に特化した奇妙な武器だ。
この呪具は『まもりの双剣』とよばれている。
身に降りかかる外敵からの攻撃を高確率でふせぐことができるのだ。
とある僧兵が自分の君主を守るために自分の血肉を鉄に混ぜこんで作らせた呪いの武器だと言われている。
剣身は30センチほど。握りの部分は滑りにくいように波打って捻じれた加工がほどこされている。
鍔も含めて全体が鈍い銀色に輝いている。
おしいのは鞘がない事だ。つねに抜身で持ち歩かなくてはならないが、仕方がない。
俺がその場にかがんで、他にも何かないか物色していると胸ポケットのキャンディがささやいた。
「ちょっと……誰か来るわ」
「どうぶつじゃないのか?」
軽く流そうとした俺に、キャンディは再度忠告した。
「どうぶつの気配じゃなさそう」
「わかった……おい、ココナこっちにこい」
キャンディの声色がいつもと違う。
俺は小さな声でココナを近くに呼び寄せた。ココナはふいっと走り寄ってくる。
キャンディのやつ、耳がいいのか、勘がいいのか、とにかく、気配にすごく敏感なのだ。
俺はココナをその場に座らせ、じっとするように伝えると、急いで燭台に走る。
燭台で燃えている木を素早く抜き取り一か所に集め、上から消火用の大きな丸型の蓋をかぶせて灯りを防いだ。
ふたをした途端、洞窟内は一瞬で闇に包まれる。
俺はココナの左隣に座り込み、右手でココナの肩を抱いた。ココナが小さく言う。
「ウル、真っ暗でこわいよ」
「目を閉じていればどこも暗闇さ」
「う、うん」
音のない闇。
目を凝らして視界に映るのは、入口の方からわずかに差し込む光だけ。
俺たちはしばらく息を殺して闇に潜んだ。
どれくらいたったか。
隣のココナがむずがった、その時、人の声がした。入り口の方から。
俺はぐっと目を閉じて、耳に意識を集中させる、何とか声を聞き取ろうと神経を研ぎ澄ます。
すると、微かにきこえてきた。
男らしき声での、やりとりが。
「……おい、こんなとろに、捕獲用の罠が……」
「……この……に誰か住んでいるのか……」
「……まさか……そんな変人がいたら会ってみたいもんだ……」
ここに変人いますよー。きこえてますよーっと心の中で毒づきながら、俺はさらに集中する。
しかし、この洞窟に入ってこられると厄介だ。
俺はそうならないように心で念じる。あっちへ行け、と。
「……ここ……みられるとやっかいだぞ……」
「……一人や二人に見られたところで、殺しちまえば……はやく先に進もう……」
「……ここはすでにエインズ王国の領地だ、余計な騒ぎは起こすなよ……」
「……へっ、いざとなりゃアラビカに、にげこんじまえば……」
きいちゃった。きいちゃった。この人たち物騒なこと言ってる。
この会話の内容。どう考えてもこりゃアラビカ公国からの来訪者だよな。
その時、右手に抱いていたココナの肩の震えが、手のひらを介して俺に伝わってきた。
最初は小刻みに震えていたココナの肩が、さらに上下し始める。
そして、少しづつ激しさを増してくる。
なんだ、一体どうした。
その時、ココナがまるで小さな悲鳴をあげるように言った。
「……ぼ、僕……あいつの声、知ってる」
「え?」
「あいつだ……あいつが、僕を……ぁ、ぁ……ぁぁぁあ、僕はあああああ」
「おいっ……よせっ」
俺は叫び出そうとするココナの口を慌てて塞いだ。
素早く後ろに回り込み、ココナの全身を背中からぐっと包みこんだ。
「……落ち着け、大丈夫だ……」
ココナは迫りくる何かから必死で逃げようと全身でもがき出しはじめた。
俺の腕の中で、小さな体がまるでいまにも破裂しそうな勢いでビクンビクンと波打つ。
それにしてもすごい力だ。
どうしたんだ、いったい。
何かを思い出したのか。それにしても、こんなに細っこいからだのどこにこんな力が。
ココナはモゴモゴと俺の手の裏側で叫びながら、大きく口を開けようとする。
俺はさらに口を手で抑え込む。
その時ココナが俺の手をつかみ強引にあごからはがすと、そのまま思いっきりガブリと噛みついた。
右手から電撃のような痛みが全身に走る。
「ぐっ……!!!」
俺は激痛に叫びそうになるのをこらえて必死に歯を食いしばった。
ココナの歯がギリギリと俺の右手の肉に深く深く食い込んでいくのがわかる。
手元にぬめッとした感触と血の匂い。
しかし、しばらくそのままにしていた。
すると、ふいに、ココナの全身は魂が抜けたように急にぐったりとした。
どうやら気を失ったようだ。
そのころには、洞窟の外からは、もう何の気配もしなくなっていた。